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クラーナハ展 ――500年後の誘惑

刺激的なクラーナハの世界。挑戦的な展覧会構成で紹介。

  ■ドイツ・ルネサンスを代表する画家クラーナハを、広い視座でとらえる
  ルカス・クラーナハ(父)(1472~1553年)は、アルブレヒト・デュ―ラー(1471~1528年)と共にドイツ・ルネサンスを代表する画家だ。クラーナハの描く華奢で妖艶な女性像は独特の熱を放ち、観る者を刺激し惹きつける。一方、マルティン・ルター(1483~1546年)の肖像画の油彩板画や版画を大量に制作し、宗教改革の成功に貢献したことでも知られる。1517年の宗教改革からちょうど500年を経たいま、日本で初めてのクラーナハの大回顧展が開催中だ。本展の企画は、ウィーン美術史美術館ドイツ絵画担当学芸員グイド・メスリング氏、国立西洋美術館研究員の新藤淳氏、及び国立国際美術館研究員の福元崇志氏による。クラーナハは近現代の芸術家や文学者に大きな影響を与えたが、本展ではそれら後世の作品を並置するという画期的な構成をとり、広い視座でクラーナハの全体像に迫る。ウィーン美術史美術館を初め、世界各地に所蔵されるクラーナハの作品約60点、関連作品を含め総数120点を展示。輸送困難な板絵も多い。様々な意味で貴重な展覧会である。東京の国立西洋美術館と大阪の国立国際美術館を巡回。
 
  ■展覧会構成  
  展覧会構成は、次の六つの章から成る。
  1.蛇の紋章とともに―宮廷画家としてのクラーナハ/2.時代の相貌―肖像画家としてのクラーナハ/3.グラフィズムの実験―版画家としてのクラ―ナハ/4.時を超えるアンビヴァレンス―裸体表現の諸相/5.誘惑する絵―「女のちから」というテーマ系/6.宗教改革の「顔」たち―ルターを超えて
  どのような画家なのだろう。会場をたどってみよう。
 
  ■聖母子などの宗教画 
  聖家族と闊達な大勢の天使たちとの交流が温かく描かれるのは、クラーナハ初期の祭壇画《天使に囲まれた聖家族》及び《聖母の教育》(〈「聖母伝」を表わした祭壇画の左翼パネル及び同、右翼パネル〉、1510/12年頃、アンハルト絵画館、デッサウ)(注★作品表記で作者名がないものは全てルカス・クラーナハ(父))である。鬱蒼とした森などの自然描写も溌剌としている。《ブドウを持った聖母》(1509/10年頃、ティッセン=ボルミネッサ美術館、マドリード)も背景が光溢れる緑の風景だ。聖母が優美である。しかしその後に描かれた《聖母子と幼き洗礼者ヨハネ》(1537年以降、チロル州立博物館フェルディナンデウム、インスブルック)では描法の変化が見られ、背景が黒一色となり構成も簡潔になる。愛らしい幼子を抱いた長い巻き毛の聖母が、左に首を傾け優しい眼差しで観者を見つめる。

  本作の聖母は、表情は全く違うが顔の形や髪の毛などが次に述べるユディトと酷似しているようだ。宗教改革後も聖母子像は描かれ、カトリック信者に渡ったとされる。なおルターは、聖母子や聖人そのものが救済の力を分与されるという考えを問題視したが、宗教画を否定したのではなく、自身もクラーナハの聖母像を所持した。

  ■強靭な美しさの≪ホロフェルネスの首を持つユディト≫ 
  本展で最も注目される作品の一つ、《ホロフェルネスの首を持つユディト》(1525/30年頃、ウィーン美術史美術館)は、ワニス層、広範囲の加筆と補彩の除去など3年にわたる修復を経て初めて公開された。漆黒の背景に赤系の華麗な衣装をまとった女性が輝やくようだ。装身具や大きな羽根帽子も豪華。宮廷女性の肖像画にも見えるが、右手に刀を持ち、左手で斬られた男の首の髪の毛を抑えるという恐ろしい場面だ。金髪の巻き毛の卵形の美しい顔と、観者に向けた無感情の眼差しが、作品の緊張感を増す。この女性は『旧約聖書』外典のユディトである。ユダヤの敵将アッシリアのホロフェルネスにとりいって斬首し、ユダヤの民を救ったヒロインだ。本作には情欲や高慢に対する正義という教訓的な意味や、当時の政治的な意味を込めたといわれる。しかし、斬首後、微動だにせずこちらを直視するユディトのなんと強靭なことか。

  本作の近くに、名画に自身が入り込む作品を制作してきた現代美術家の森村泰昌(1951年~)による《Mother(Judith Ⅰ)》(1991年、東京都写真美術館)が展示されている。森村がユディトとホロフェルネスの二人を演じた巨大サイズの画面は、別種の強烈さを孕む。

  ■刺激的な女性裸体像≪ヴィーナス≫と≪ルクレティア≫ 
  古代ギリシャ神話の愛欲の女神を描く《ヴィーナス》(1532年、シュテーデル美術館、フランクフルト)と、古代ローマの物語における貞節な女性を描く《ルクレティア》(1532年、ウィーン造形芸術アカデミー)の二作は、著しく類似する。小ぶりな作品サイズも同寸法。黒色の背景に痩身をややくねらせ、裸身を強調する透明なベールをまとい、小石の散らばる地面に立つ女性の全身像。優雅でありながら奇妙な官能性を放つ。画題はルネサンスの他の画家と同様の古代からの参照であるが、身体表現はデュ―ラーが標榜したイタリア・ルネサンスの人体造形とは異なり、中世以来の形を継承。構図は全面漆黒の浅い奥行きに裸体像だけを配するシンプルなもの。両作品は、人気を博したクラーナハによる女性裸体像の代表作であり典型例だ。これらは王侯貴族の私的な美術蒐集室に収められたとされる。

  誘惑と警告が共存する二律背反。クラーナハの革新的な女性像は、それまでの画家が成しえなかった特異な魅惑を放ち、後世の芸術家たちをも夢中にさせた。クラーナハは、アルプス以北で初めて等身大の裸体像を描いた画家だ。それは1509年に制作された油彩画《ヴィーナスとキューピッド》(エルミタージュ美術館)(※本展に出品無し)であり、のちに有名になる。20世紀の天才パブロ・ピカソ(1881~1973年)もクラーナハに魅せられ、この油彩画とそれに先立つ木版画とをイメージソースとしたリトグラフ連作を制作している。本展ではピカソによる《ヴィーナスとキューピッド(クラーナハにならって)Ⅰ》(1949年、横浜美術館)などの連作も出品。また、ダダイスムのマルセル・デュシャン(1887~1968年)がクラーナハ作品に喚起されて行った活動や、エッチングも紹介されている。

  ■ルターの肖像画/ルター翻訳『新約聖書(9月聖書)』挿絵:宗教改革への貢献 
  1517年、神学者で修道士のルターはヴィッテンブルク聖堂の扉に『95ヵ条の論題』を打ち付けた。それは、ローマ教皇レオ10世がサン・ピエトロ大聖堂改築のために多く販売した贖宥状に抗議し、ローマ教皇の腐敗を非難し、人は信仰のみによって救われることを唱えるものだ。宗教改革の始まりである。肖像画家の名手として同時代の皇帝や選帝侯の肖像画で名を馳せたクラーナハだが、1520年以降には、親交のあったルターの肖像画を量産し、宗教改革者ルターのイメージを拡散させ、これが視覚的プロパガンダとして機能した。《マルティン・ルターとカタリナ・フォン・ボラ≫(1529年、ウフィツィ美術館、フィレンツェ)は、青地背景に堂々としたルターと、堅実そうな容貌の妻の半身像を描いた二連画。本作は結婚した市民としてのルターを描くことで修道士は結婚が許されることも示す。

  ルターは『新約聖書』のドイツ語翻訳と出版を行い、それは彼の最大の功績の一つとされる。クラーナハとその工房では、挿絵を木版画で手掛け、印刷を手配した。会場で『新約聖書(9月聖書)』(マルティン・ルター翻訳、ルカス・クラーナハ(父)およびとその工房の木版画、1522年9月刊、広島経済大学)を見ることができる。

  ■ルカス・クラーナハ(父)の生涯
  ルカス・クラーナハ(父)を、「(父)」を入れて表記するのは、同名の画家の次男がいるためである。1472年、クラーナハは神聖ローマ帝国内のクローナハ(現在のドイツ、バイエルン州)に生れた。1500年頃に同帝国の中心都市ウィーンで人文学者たちと交流するなかで、画家として頭角を現わす。1505年、ザクセン選帝侯により北ドイツのヴィッテンベルクに宮廷画家として招聘され、その後50年もの長期間、三代の選帝侯に仕え、祭壇画、肖像画、裸体画など傑出した作品群で名声を得た。1508年にフリードリヒ賢明公から有翼の蛇の紋章を授けられ、クラーナハはこれを作品に付し、署名と商標として機能させる。また3人のザクセン選帝侯はヴィッテンベルクで開始された宗教改革を庇護し展開させた。

  同時代の学者でヴィッテンベルク初代学長クリストフ・ショイルルはクラーナハを「素速い画家」と称賛した。クラーナハは自ら確立した典雅で流麗な絵画様式を基本として、二人の息子も所属する大工房で、版画だけでなく板画も効率的に集団制作できるシステムを創出し、作品を量産し、多くの注文に応じたのだ。作品は一枚として同じものはなく、高品質を保つ。総数は5,000点ともいわれる。彼は市長を3度務め、印刷所も経営し、画家としても企業家としても成功を遂げた。クラーナハは宗教改革に大きな役割を果たしたが、一方でルターと対立したアルブレヒト・フォン・ブランデンブルグ枢機卿やカトリック信者からの発注にも応じた。1553年、81歳のクラーナハはヴァイマールで生涯を終えた。

  本展は、様々に「イメージの連鎖」がからみあう興味深い展示空間となっている。展覧会企画者の一人である新藤氏は開幕に先立つプレス発表会で、「クラーナハのオリジナル作品と、後世の作家の読み替えを並べることで、クラーナハの意図を探りたい」と語られた。クラーナハは21世紀の我々に向かって強烈なビームを投げかけている。
  展覧会を是非お楽しみください。


【参考文献】
1) グイド・メスリング、新藤 淳=責任編集:『クラ―ナハ展――500年後の誘惑』(展覧会図録)、国立西洋美術館、飯塚 隆、福元崇志、ウィーン美術史美術館、TBSテレビ=編集、グイド・メスリング、エルケ・アンナ・ヴェルナー、新藤 淳、福元崇志、アリス・ホップ=ハーノンクール、ラウル・クルカ=執筆、TBSテレビ=発行、2016年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2016年12月)


※会場風景の画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

20161216_001
写真1 東京の会場風景。
ルカス・クラーナハ(父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》、
1525/30年頃、ウィーン美術史美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20161216_002
写真2 東京の会場風景。
左から、ルカス・クラーナハ(父)《天使に囲まれた聖家族》
(「聖母伝」を表わした祭壇画の左翼パネル)
および《聖母の教育》(「聖母伝」を表わした祭壇画の右翼パネル)、
1510/12年頃、アンハルト絵画館、デッサウ。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20161216_003
写真3 東京の会場風景。
左から、ルカス・クラーナハ(父)《聖母子と幼き洗礼者ヨハネ》、
1537年以降、チロル州立博物館フェルディナンデウム、インスブルック。
ルカス・クラーナハ(父)《幼児キリストを礼拝する洗礼者ヨハネ》、
1515/20年頃、個人蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20161216_004
写真4 東京の会場風景。
ルカス・クラーナハ(父)《マルティン・ルターとカタリナ・フォン・ボラ≫、
1529年、ウフィツィ美術館、フィレンツェ。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20161216_005
写真5 東京の会場風景。
左から、アルブレヒト・デュ―ラー《メランコリー》(メレンコリアⅠ)、
1514年、エングレーヴィング、国立西洋美術館。
ルカス・クラーナハ(父)《メランコリー》1533年(?)、個人蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会欧文表記】
LUCAS CRANACH THE ELDER
500 Years of the Power of Temptation
【会期・会場】

東京 2016年10月15日~2017年1月15日 国立西洋美術館
大阪 2017年 1月28 日~4月16日 国立国際美術館
[電話]03-5777-8600(ハローダイヤル) 
[詳細HP]http://www.tbs.co.jp/vienna2016

※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


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