河鍋暁斎筆:不思議な涅槃図と「地獄極楽めぐり図」
重要文化財《武四郎涅槃図》は不思議な絵だ。幕末から明治に自在で卓抜の筆を振るった絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)が、探検家・松浦武四郎(まつうらたけしろう)の注文で描いた。二人は親しく交流した。また、《地獄極楽めぐり図》は奇想天外な画帖。これも暁斎の傑作だ。静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)で、この2作品を主軸とする展覧会が開催中である。本展企画は吉田恵理 学芸員。
松浦武四郎とは
松浦武四郎(1818~88)は探検家で、北海道の名付け親。古物蒐集に情熱を注いだ好古家でもあり、著述家。伊勢国(現・三重県)一志郡須川村に生まれ、16歳(数え年)から日本国中を遊歴。28歳で単身、蝦夷地(今の北海道)に渡り、以来生涯に6度蝦夷地を探査。幕末に幕府御雇として蝦夷地御用掛に起用されたが、4年後、江戸に戻り御雇を辞す。維新後に開拓判官となるが、新政府のアイヌ政策に同意できず辞任。古物蒐集や著述を続けた。
武四郎は明治初め頃、13歳年下の河鍋暁斎(1831~89)と知り合ったようだ。自著『西蝦夷日誌』(明治5年~)、また蒐集古物を執筆し編集した図録『發雲余興』(明治10年)、『發雲余興 二集』(明治15年)の挿絵の一部を暁斎に依頼した。二人は東京での住まいも近く、共に天神(菅原道真)や観音を篤く信仰した。
《武四郎涅槃図》に描かれているのは/涅槃図とは
河鍋暁斎筆《武四郎涅槃図》(明治19年(1886)、松浦武四郎記念館蔵)は、武四郎が暁斎に明治14年(1881)に依頼し、足掛け6年、武四郎69歳の年に完成した。縦150㎝超の大画面。中央の武四郎を数多のものが取り囲む、武四郎を釈迦に見立てた変わり涅槃図だ。
なお涅槃図とは、釈迦の入滅の情景を表現した絵画で、彫刻で表した涅槃像もある。涅槃図には、満月の夜、沙羅双樹のもと、右側を下に横たわる釈迦を、弟子や仏や貴顕や動物たちが取り囲み、悲嘆にくれる様相が描かれる。母の摩耶夫人の来至が加わることも多い。
本作に近づいて見てみよう。武四郎は目を閉じ、穏やかな表情。左手は首にかけた大きな首飾りの勾玉に触れ、腰には「火用心」と書かれた煙草入れを下げる。彼の周りには観音菩薩など仏たちや人々が囲む。しかし妙なのは濃彩と水墨が混在すること。少し上の朱塗りの壇上は何だろう。様々な像が居並ぶ。下方に描かれた動物になぜか人形も混じる。あるべき沙羅双樹は常緑の赤松に変容し、上部には摩耶夫人一行ではなく、浮世絵美人が瑞雲に乗って駆けつけている。
本作は機知にあふれる。ここに描かれているのは、武四郎が蒐集した絵画から飛び出した仏や人々や動物の姿であり、蒐集し愛玩した古物なのである。しかも本展では、元の絵画や古物自体が、この涅槃図と一緒に初めて展示されている。松浦四郎記念館と静嘉堂の所蔵のもの。観音像や猿を描いた重要文化財の掛け軸、近年発見の大首飾り、中国・清時代の如意輪観音像、摩耶夫人が投げたとの設定の巾着も、目前に在る。まさに驚愕の展覧会だ。
そして一つ一つを本作と見比べると、暁斎が元の絵画や事物に悲嘆の表情と仕草を加えるなど巧みな描写と構成を行い、生き生きとした涅槃図に仕上げていることが実見できる。
自身が蒐集した大好きなものたちに囲まれて眠る武四郎。本作全体が武四郎の自画像ともいえそうだ。武四郎存命中の完成は生前葬を思わせる。暁斎の絵日記に「松浦先生のねはんの内」「美人出来」の文字と絵が残る(明治18年2月9日付)。一方、本作の箱蓋表の小野湖山の墨書は「北海道人樹下午睡ノ図」、軸木の武四郎の墨書は「北海翁松下午睡」だという。昼寝の夢なのだろうか。好古家の武四郎は文人ネットワークにいた。学芸員の吉田恵理さんは、「この涅槃図は文人の理想郷だと思います」と語った。
14歳で没した少女を追悼する《地獄極楽めぐり図》
暁斎筆《地獄極楽めぐり図》(明治2~5年(1869~72)、静嘉堂蔵)は、濃彩の折本仕立の40図の画帖である。日本橋の小間物問屋・勝田五兵衛の依頼により、14歳で早世した五兵衛の愛娘・田鶴(たつ)の追善供養のために描かれた。暁斎の独創的な物語展開と細密描写が圧巻。紋様など細部まで意味が込められている。
臨終の田鶴は、迎えに来た阿弥陀三尊と共に旅立つ。不動明王や観音菩薩らも加わり、冥界を見学し、過酷な地獄の状況ものぞくが、田鶴が贔屓にしていた歌舞伎役者の芝居見物や、閻魔も一緒になっての宴会も楽しみ、そして田鶴は極楽往生し如来となる。望遠鏡や極楽行の鉄道(明治5年開業)も登場。悲しいはずだが、なんとも陽気な旅となっていて、暁斎の優しさが強く伝わる。
本展では全40図が会期中場面を変えて展示される。なお出品は無いが、本作の下絵群(その筆勢に息をのむ)が河鍋暁斎記念美術館に所蔵されていることを付記しておきたい。
河鍋暁斎とは
暁斎は下総国(現・茨城県)古河に生まれ、浮世絵師・歌川国芳に入門後、10歳から狩野派で学んだ。習練を積んだ卓越の画技と自由な発想による多彩な作品は人気を博した。
明治3年(1870)末、政府批判の戯画を描いたとのことで(詳細は解明されず)、逮捕投獄され、翌年1月放免。その後は画号の狂斎を暁斎に改めた。この事件はちょうど《地獄極楽めぐり図》制作の頃だ。武四郎と出会ったのもこの頃なのだろう。
国宝《曜変天目》も出品
発想の妙。大らかさ。幕末から明治の時代、こんな型破りな二人がいた!
本展を楽しんでほしい。
【参考文献】
1)静嘉堂文庫美術館(公益財団法人静嘉堂) 編集:『徹底分析「武四郎涅槃図」』(本展図録)、吉田恵理 執筆、静嘉堂文庫美術館(公益財団法人静嘉堂)、2024年
2)静嘉堂文庫美術館(公益財団法人静嘉堂) 編集:『とことん鑑賞 地獄極楽めぐり図』、吉田恵理 執筆、静嘉堂文庫美術館(公益財団法人静嘉堂)、2023年
3)芳賀徹ほか編纂:『河鍋暁斎画集 1本画・画稿』(全3巻の内)、六耀社、1994年
4)松浦武四郎 著、更科源蔵・吉田豊 訳:『アイヌ人物誌』、平凡社、2002年
執筆・撮影(★は除く):細川いづみ(HOSOKAWA Fonte Idumi)
(2024年5月)
※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。
※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。
静嘉堂文庫竣工100年 特別展
画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎
「地獄極楽めぐり図」からリアル武四郎涅槃図まで
Special Exhibition to Mark 100 Years Since the Completion of Seikado Bunko
The Demon Painter and the Demon Collector: Kawanabe Kyosai and Matsuura Takeshiro
【会期・会場】
2024年4月13日(土)~6月9日(日) 静嘉堂@丸の内(静嘉堂文庫美術館)(東京都・千代田区)
※詳細は公式サイトでご確認ください。
公式サイト https://www.seikado.or.jp