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ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」

2020年8月19日

■新型コロナウイルス流行下にあって、芸術祭に何ができるか
 2001年に第1回展が開催されて以来、3年に1度、横浜の夏の風物詩として愛されてきた国際芸術祭「ヨコハマトリエンナーレ」。その20年の節目を迎えた第7回展ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」が、7月17日、横浜美術館とプロット48を主会場として開幕した。
 海外から初めてアーティスティック・ディレクターを招聘したことに加え、国内外の約70組のアーティストが参加する大型展とあって、コロナ禍のもと、準備や制作、輸送、展示にも並々ならぬ苦労があった。海外からの渡航が制限されるなか、ディレクターも海外作家の来日もかなわぬままの展示設営となったが、インターネットを駆使して指示や対話を丁寧に交わし、通常よりも長い時間をかけた細やかな作業の末、無事にオープンへとこぎつけた。


★1 2020年7月16日、開幕に先立つ記者発表会(インド在住のディレクター3名はオンラインでの参加となった)

 この状況下で、世界の先陣を切って開幕した国際芸術祭となるが、開催を決定したことには、いくつかの理由があるという。一つには、むろんオンラインでの発信にも様々な可能性があるとはいえ、生身の人間が展示空間に足を踏み入れ、じかに作品にふれ、感じ、考える「実体験」をすることが重要であること。作家の制作を止めることなく続けていくことが、アーティスト支援につながること。また、世界が根本的な変革を強いられるなか、人々に癒しを与え、あるいは社会を変化させる力をもつアートを提示する機会を確保することに意義があること、などだ。
 そして、おそらく来場者の多くは、横浜美術館の前に立った瞬間から、その「実体験」のもつ力を感じることになるだろう。美術館の長大なファサードの全面がモノクローム・ストライプの薄い布地でおおわれ、風に揺れてモアレを起こすその布が常にゆらぐような圧倒的な視覚効果をもたらしているのだ。このイヴァナ・フランケの作品《予期せぬ共鳴》を抜けて館内に入ると、高い吹き抜け空間に待っているのは、クルクルと回転しながら光を乱反射させてきらめく無数のオブジェの間を歩く楽しみ。米国の一般家庭の庭を飾る装飾品「ガーデン・ウィンド・スピナー」を用いたニック・ケイヴの《回転する森》は、まさに光きらめく庭、今回の芸術祭のコンセプト「AFTERGLOW—光の破片をつかまえる」を実感する作品と言えそうだ(AFTERGLOWは、「残光」といった意味だ)。


★2 イヴァナ・フランケ《予期せぬ共鳴》(2020年)©Ivana Franke
★3 ニック・ケイヴ《回転する森》(2016年/2020年再制作)©Nick Cave

■単一のテーマではなく、5つのキーワードから
 今回のアーティスティック・ディレクターは、3名のインド人アーティストからなる「ラクス・メディア・コレクティヴ」。身体を動かしながら、自由な状態で考えを深めていくことをモットーとする3人は、今回も最初から自分たちだけで1つのテーマに決めることはなく、「ソース(「源泉」の意)」と呼ぶ5つのテキストを「考えるための源」として用意し、これをアーティストや来場者も含めて関係者全員と共有する方針をとっている。あとはみんなでその考えを深め、アーティストは作品をつくり、来場者はその考えを自分なりに読みとくことになるのだろう。
 「ソース」のテキストは、公式サイトからダウンロードできるので、来場前に読むこともできるが、この「ソース」から導き出されたキーワードを手がかりに、ダイレクトに作品と接するのももちろんありだ。キーワードは、「独学=自らたくましく学ぶ」「発光=学んで得た光を遠くまで投げかける」「友情=光の中で友情を育む」「ケア=互いを慈しむ」「毒=世界に否応なく存在する毒と共存する」の5つ。
 会場には様々な作品が並ぶが、たとえば竹村京が壊れてしまった大切な日常の道具を布でくるみ、一点ずつ光る糸で修復した作品群は「ケア」に通じるものだろうし、プロット48会場に設置された飯川雄大の《デコレータークラブ 配置・調整・周遊》(要・事前予約)は、小人数のグループで問題を解決する体験型作品で、おそらくは「友情」につながりそうだ。
 


★4 ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景。竹村京による作品の展示室。発光クラゲの遺伝子を組み込んだカイコが生み出す光る糸「蛍光シルク」を用いて修復がなされている。©Kei Takemura
★5 飯川雄大《デコレータークラブ 配置・調整・周遊》(2020年) とても楽しかったけれど、発見する喜び重視の体験型なので、説明は抜きで。©Takehiro Iikawa

■未来を予見するアートとともに考える「場」
 今回の5つのキーワードについて、横浜美術館の蔵屋美香館長は、最初に発表した昨年11月の時点ではピンとこないものもあったかもしれないといった発言をしている。だが、今年になって新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、「毒=世界に否応なく存在する毒と共存する」も「ケア=互いを慈しむ」も、がぜん実感を伴うものになった。私たちは今、新型コロナウイルスという「毒」を排除できないまま、これとの共存を強いられている。たとえば、2016年に発表されたインゲラ・イルマンの《ジャイアント・ホグウィード》は、鑑賞用として普及しながらも、のちに毒性があることが判明した植物を巨大化したオブジェだが、毒と美を内包したこの作品は、2020年の「毒」の存在を予見しているようにも見える。また、エントランスの光あふれる作品《回転する森》のなかには、よく見ると銃や弾丸のモチーフも存在する。黒人アーティストの手によるこの美しい作品はまた、現在の人種差別や暴力といった問題を考えさせる一面ももっているのだ。
 過去を参照し、現在を見つめるアーティストはまた、ときに一歩先の未来をつかまえて着想し、作品を生み出す。ふと見ただけではわからない作品もあるかもしれないが、心を自由に開き、五感を働かせ、身体を使って動きながら作品と接するなかで、連想を楽しみ、考えを広げ、そして少し違った自分となって会場をあとにしてほしいというのが、蔵屋館長のメッセージのひとつだ。そのとき、芸術祭は、今後の新しい世界を予感し、そのあり方を考えるひとつの「場」となるのだろう。


★6 ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景。インゲラ・イルマン《ジャイアント・ホグウィード》(2016年/2020年再制作)©Ingela Ihrman
★7 ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景。青野文昭《イエのおもかげ・箪笥の中の住居─東北の浜辺で収拾したドアの再生から》など、「なおす」という行為を主題とした作品群。災害などで破損したり、使い古されて廃棄された船や品々を修復し、再構成した大型のインスタレーションが、エントランスの段状の吹き抜け空間に印象的に配されている。
★8 キム・ユンチョル《クロマ》〈2020年) 数学の結び目理論に基づいて構成された絡み合うオブジェ。定期的に発光し、豊かな色彩の輝きを見せてくれるので、入り口で発光時間の確認を。©Kim Yunchul 
★9 ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景。ズザ・ゴリンスカ《助走》(2015年/2020年再制作) くつを脱いで作品の上を歩くことで、自身の身体を使い、感覚を研ぎ澄ませるような体験型インスタレーション。時節がら、サンダル・素足の方は小さなソックスを持参しても。壁面は、ニルバー・ギュレシ「知られざるスポーツ」シリーズ。©Zuza Golińska
★10 エヴァ・ファブレガス《からみあい》(2020年) 作者は、指圧グッズなどの人の身体に気持ちのいいものに想を得て制作したというが、ディレクターのラクスは、大量の善玉菌と悪玉菌を働かせて活動する人間の長い腸を連想して設営したという。広いスペースを占拠するカラフルなこの巨大ソフト・スカラプチャーには、触れることもできる。
★11 デニス・タン《自転車ベルの件》 渋谷の雑踏で得た体験をもとにして制作したインスタレーション。来場者の鳴らす自転車のベルが、プロット48のエントランス前の夏の空に響き渡る。
★12ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景。プロット48の中庭をくぎるように静かに揺れるフェンスとゲートは、ジョイス・ホー(何采柔)の作品《バランシング・アクト Ⅲ》(2020年) ©Joyce Ho
★13 エレナ・ノックス《ヴォルカナ・ブレインストーム(ホットラーバ・バージョン)》(2019年/2020年) 閉鎖生態系のなかでは繁殖しようとしないエビを、どうしたらセクシーな気分にさせられるのかをテーマとした大胆なインスタレーション。作者の呼びかけで集まったワークショップの参加者たちが、生物の官能性や生殖と生存の問題を視野に入れて思考を重ねた成果も含まれている。©Elena Knox 2020 Courtesy of the artist and Anomaly Tokyo
★14 アリュアーイ・プリダン(武玉玲)《生命軸》〈2018年/2020年) 台湾のパイワン族の女性たちが「布を織る」「ビーズを縫い付ける」といった手作業で脈々と続けてきた生活の営みを伝える鮮やかなソフト・スカラプチャー。台湾外では初めて、作者の代表作をプロット48の展示空間に再構成した。©伊誕創藝視界企業社

文・写真=中山ゆかり

ヨコハマトリエンナーレ2020 「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」
Yokohama Triennale 2020 “Afterglow”
会期:2020年7月17日(金)-10月11日(日) ※木曜休場(7/23、8/13、10/8を除く)
会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)
   プロット48(横浜市西区みなとみらい4-3-1/横浜美術館からは徒歩約10分)
   (*日本郵船歴史博物館でも、1作品の展示あり、予約不要)
問い合わせ:ハローダイヤル:050-5541-8600(8:00-22:00)
入場券:日時指定の完全予約制。横浜美術館の日時を予約すれば、プロット48については、同日の閉場30分前まで自由に入場可。無料ゾーンにある体験型の3作品は、別途オンライン予約が必要。
料金:一般2,000円、大学生・専門学校生1,200円、高校生800円(日時指定の完全予約制)、中学生以下無料(事前予約不要)
詳細:https://www.yokohamatriennale.jp
「ソース」のダウンロードもと:https://www.yokohamatriennale.jp/2020/concept/source/
 なお、芸術祭を会期中だけの一過性のものにしたくないという観点から、会期の前後に開催を企画していたパフォーマンスやレクチャーなどのプログラムは、デジタル化が進められている。「エピソード」と呼ばれる一連のプログラムは、この公式サイトから視聴できる。
  また、これまでヨコトリに欠かせなかったボランティアによるガイドツアーについても、オンラインによる実施が決定した。ヨコハマトリエンナーレ2020 ガイドサポーターによる「オンラインガイド ココがみどころ!」は、オンライン会議ツール「Zoom」を用いた約40分のグループ向けプログラム。グループでの事前申込制で、8月21日(金)より開始する。
詳細:https://www.yokohamatriennale.jp/2020/event/20200807/