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紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s―1990s

2017年12月28日

建築家が描いたドローイングの豊潤な世界。建築とは何か、を問う。
東京・湯島の文化庁 国立近現代建築資料館にて、2018年2月4日まで。

 2017年は東京国立近代美術館での「日本の家」展、国立新美術館での「安藤忠雄展 挑戦」と国立美術館での大規模な建築の展覧会が続き、建築が広く注目を集めたようだ。建築は誰にとっても身近な存在であり、暮しや風土や社会と密接に関わるものである。

 東京・湯島にある文化庁 国立近現代建築資料館で開催中の本展は、大規模ではないが、建築に近づける親しみやすく興味深い内容である。建築家が紙に描いたイメージである建築ドローイング(図面やスケッチ)に的を絞ったものだ。日本人建築家が国際的に本格的な活躍を始めた1970年代から、30年の間に11組の建築家が表現した二次元の建築としての建築ドローイングを展示し、インタヴュー映像も加え、建築家たちの思索の過程や建築に込めた思いを探る。この時期は、1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博を経て、建築家の担うものがそれまでの国家的なものから個の存在や地域などへ変化した時代であり、建築雑誌上で発表を活発に行った時代でもあった。本展は、ゲストキュレーターとして戸田穣(金沢工業大学准教授)、朽木順綱(大阪工業大学准教授)、日埜直彦(日埜建築設計事務所、芝浦工業大学非常勤講師)、元岡展久(お茶の水女子大学准教授)の四氏を迎えて、実現した。

 なお、文化庁 国立近現代建築資料館は、日本の近現代の建築の図面・スケッチ・模型などの建築資料(建築アーカイブ)の収集保管や研究調査、また展覧会開催などにより、日本における建築文化を次世代に継承するための機関である。湯島天神の近くに位置し、明治・大正期に活躍した建築家ジョサイヤ・コンドル(1852~1920年)が1896(明治29)年に設計した旧岩崎邸(重要文化財)に隣接する。この都立旧岩崎邸庭園に入園料を払って入園すれば、建築資料館を一緒に観覧することもできる(展示期間中のみ)。(※詳しくは、記事最後の[展覧会詳細]のHPをご覧ください)。

 ■それぞれの建築ドローイングが語るもの
 展覧会の会場は、正円を取り巻く造形が特徴である。中央に4人の建築家のインタヴュー映像が流れ、壁や展示ケース、およびロフトに建築ドローイングや資料が展開。全体を眺めると実に多彩であり、建築ドローイングの芸術性にも気づかされた。

 ●象設計集団 象設計集団(1971年~)による《竹富宇宙曼陀羅》(1974年8月、プリント、紙、象設計集団蔵)は、力強い筆致の黒い線で、画面上に大きな魚、雲に浮かぶ6人の老女や植物、下方には働く人々をびっしり描き、観る者の心を摑む。画面下には「吾等ハ、野ヲ、野ノ花ヲ、空ヲ、蒼海ヲ、大地ヲ、火ヲ、水ヲ、一切ノ大自然ト生物ヲ観ルニ、ソノ背後ニ神ノ生命ノ円想ヲ観、ソノ生命ヲ敬シ、愛シ、イササカモ浪費セザラン事ヲ期ス」と記す。吉阪隆正門下の建築家たちから成る象設計集団は、1972年の本土復帰以前から沖縄に入り、活動を重ね、土地の気候・風土・文化を尊重する建築を志向した。クレヨンで和紙に描いた《In the forest(The image of Nago City Hall)》 (1987年8月23日、クレヨン 墨、紙、象設計集団蔵)は、名護市庁舎のイメージである。柱を、断面図では大きな森をなす樹木の幹が、平面図では赤い点が表し、水色の風が間を吹き抜ける様子が描写されている。

 ●磯崎新 建築家・思想家として世界と日本の建築界を牽引してきた磯崎新(1931年~)は、「還元シリーズ」と呼ばれるシルクスクリーン連作の最初の6点を出展(1982~83年、シルクスクリーン 鉛筆、紙、磯崎新アトリエ蔵)。12m角の立方体フレームを連続させて“空洞としての美術館“として構成した群馬県立近代美術館や、疑問符記号の形をヴォ―ルト屋根とした富士見カントリークラブ、また立体フレーム・シリンダー・直方体・曲面を相互に貫入させた神岡町役場などの6つの建築が、幾何学形態に戻され、向かって左側から射す光による影を伴い、薄紫の地に浮かぶ。なんという美しさか。磯崎はインタヴュー映像で、還元シリーズについて「(建築のコンセプトの)一番最初の手がかりになる、その部分だけを版画にしようと。」「紙の上に立体空間が生まれていくようなものを作りたいと。」と語っておられる。

 ●原広司 原広司(1936年~)は京都駅ビルを設計したことで知られるが、大阪の梅田スカイビルも代表作だ。そのドローイング《梅田スカイビル オフィス棟 北立面図》(1989年10月3日、クレヨン 鉛筆 色鉛筆 インク、紙、原広司+アトリエ・ファイ建築研究所蔵)は、縦1.8×横1.3mを超す巨大サイズで目を引く。柔らかな色彩の空を背景にして堂々とそびえる建築を表すドローイングは、元はスタディのためのスケッチだった。また、《Mid-air City》(1989年、エアブラシ 鉛筆 プリント、紙 テープ、原広司+アトリエ・ファイ建築研究所蔵)は、梅田スカイビルから発想を飛躍させたものだ。画面下方に描かれた東京駅に、白雲が沸く大きな空と一体化したような建築がかぶさっている。

 ●安藤忠雄 安藤忠雄(1941年~)のドローイングも魅力的だ。いずれも平面図の4点が出品。打ち放しコンクリートおよび幾何学的建築で知られる安藤は、建築に光や風という自然の断片を引き込む。正面に穿たれた切り込みから十字の光が射す《光の教会》(1989年、シルクスクリーン 色鉛筆、紙、安藤忠雄建築研究所蔵)のドローイングでは、建築の周りに等高線が描かれ、光が入る建築の内部空間が一番明るく表現されている。安藤は幼い時、生家の改装工事の際に見た屋根の穴からの光に感動したという。その原体験から、連なる「光」へ思いが見て取れるようだ。すばやいタッチのスケッチも展示され、建築家の頭の中を覗いたような気持ちになる。

 ●高松伸 高松伸(1948年~)の建築は、硬質で機械的な造形をもち、正面性が強い。歴史的町並みに挑むようでもある。《先斗町のお茶屋》(1982年頃、鉛筆、紙、高松伸建築設計事務所蔵)などのドローイングは、建築のファサード(正面)の立面図だ。黒鉛筆によって金属やガラスなど建築素材の物質性までを描き切っていて、驚嘆させられる。近づいてそれぞれの建築の質感を感じてほしい。高松の独創的なドローイングは、早くから国際的に高い評価を得た。

 このほか、渡邊洋治(1923~83年)、藤井博巳(1933年~)、相田武文(1937年~)、毛綱毅曠(1941~2001年)、鈴木了二(1944年~)、山本理顕(1945年~)の建築ドローイングも出品され、いずれも見応えがある。
 
 ■建築ドローイングから伝わる建築家の課題や思い
 ドローイングとは線画の意。建築ドローイングとは建築図面の意で、イタリアルネサンス以来の長い伝統がある。本展ではシルクスクリーンやコラージュも含め、建築の二次元表現を広く「建築ドローイング」ととらえる。会場に相田武文の達筆な文字での文章が紹介され、印象に強く残った。「建築家という個人の存在から、建築を投射した場合、永遠の建築とはドローイングなのである。」(1983年)というものだ。また、本展のプレス向け展示説明会の最後に、ゲストキュレーターのお一人である戸田先生は、「建築ドローイングから、建築家たちの課題や建築に込めた思いが伝わってきます」とお話なさった。

 本展は、建築とは何かを考えさせると同時に、建築ドローイングの作品としての魅力が絶大で、広い層のかたがたが楽しめる建築展となっている。是非足をお運びください。お時間がありましたら都立旧岩崎邸庭園も一緒にご覧ください(※都立旧岩崎邸庭園から入館の場合のみ。湯島地方合同庁舎正門から入館の場合、旧岩崎邸庭園への通り抜けはできません)。


【参考文献】
1) 文化庁 監修、平野薫 編集:『紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s―1990s』(展覧会図録)、文化庁 発行、2017年
2) 磯崎新:『磯崎新の建築30 ARATA ISOZAKI WORKS 30』(石元泰博 撮影)、六耀社、1992年

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2017年12月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。



写真1 会場風景。
(撮影:I.HOSOKAWA)



写真2 会場風景。
手前は、磯崎新の還元シリーズ、
1982~83年、磯崎アトリエ蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)



写真3 会場風景。高松伸の作品。
手前から、《先斗町のお茶屋》(1982年頃)、
《西福寺》(1982年頃)、《EARTHTECTURE SUB-1》(1991年頃)、
すべて高松伸建築設計事務所蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)



写真4 会場風景。原広司の作品。
手前から、《梅田スカイビル オフィス棟 北立面図》、
1989年10月3日。《Mid-air City》、1989年。
共に、原広司+アトリエ・ファイ建築研究所蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会名】
紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970s―1990s
Architecture on Paper: Architectural Drawings of Japan 1970s―1990s
【会期・会場】
2017年10月31日~ 2018年2月4日 文化庁 国立近現代建築資料館
電話:03‐3812‐3401
[展覧会詳細] http://nama.bunka.go.jp/

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