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ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち

2018年3月1日

18~20世紀のパリに生きた憧れの女性たちの姿。
マネの大作《街の歌い手》に会える。
東京の世田谷美術館にて4月1日まで。広島県立美術館に巡回。

 ■憧れのパリジェンヌ。その250年にわたるイメージ
 「パリジェンヌ展」とはどんな展覧会なのだろう。東急田園都市線 用賀駅からバスに乗り(徒歩では20分弱)、樹木の多い砧公園の一角にある世田谷美術館を訪れた。

 「パリジェンヌ」とはパリの女性のこと。しかし、どうもそれだけではない。粋でファッショナブルなパリに生きる女性、憧れの存在、などの意味が加わるようだ。本展は、アメリカのボストン美術館が所蔵する 約120点の作品により、18世紀以降の約250年にわたるパリジェンヌのイメージを探る、というユニークな視点の展覧会だ。パリジェンヌの多様な姿から、女性たちの生き方を示すとともに、彼女らが体現するパリという変容する都市の様相を浮かび上がらせる。そして女性たちとパリの両者の魅力をひき出していく。展覧会の作品選択やカタログ執筆の大半を手掛けたのは、ボストン術館キュレーターのケイティ・ハンソン氏。1870年に設立された世界有数の大美術館であるボストン美術館は、ボストン市民が情熱をもって蒐集し美術館に寄贈したフランス絵画の傑出したコレクションでも知られる。ハンソン氏によると、「アメリカ人はフランス、特にパリに対して恋愛感情を持ち続けている」(本展カタログ「はじめに」の冒頭)という。

 ■展覧会構成
 展覧会構成は、以下の5つの章から成る。 
 第1章 パリという舞台―邸宅と劇場にみる18世紀のエレガンス/第2章 日々の生活―家庭と仕事、女性の役割/第3章 「パリジェンヌ」の確立―憧れのスタイル/第4章 芸術をとりまく環境―制作者、モデル、ミューズ/第5章 モダン・シーン―舞台、街角、スタジオ。

 ■18世紀の優雅なドレスから、20世紀の女優バルドーの写真まで
 世田谷美術館の展覧会会場に入ってすぐ、円形ホールの中央に展示されたドレスに目を奪われた。白地にリボンや花かごや小枝模様を織り出し、大きくスカートが膨らんだ優雅で華やかなシルクのドレスだ。これは18世紀後半のものである(《ドレス〈三つのパーツからなる〉》、フランス、1770年頃、ボストン美術館)(※以下、出品作すべての所蔵先はボストン美術館。記載略す)。1715年に太陽王ルイ14世の治世が終わり、まだ幼いルイ15世の摂政を務めたオルレアン公フィリップがパリに居住した。その後次第にフランス文化の中心が宮廷のあるヴェルサイユからパリに移り、パリがその存在感を増していく。パリの個人邸宅が軽やかに装飾され、哲学者・文学者・芸術家ら文化人が集うサロンとしても機能するようになる。先のドレスは、サロンで女主人が人々をもてなす際に身につけた最先端のファッションの例だ。

 本展はこのような18世紀の衣裳から、20世紀のユーサフ・カーシュ(1908~2002年)が撮影した女優ブリジット・バルドーの写真や、ピエール・カルダン(1922年~)のミニワンピースなどまで、多彩な作品が展開する。その間には、18世紀の良き母親としての理想的な姿をフランス革命の少し前に描いた作品がある。19世紀半ばのナポレオン3世による第二帝政時代に制作された、上流階級の女性肖像画も見られる。ウジェニー皇妃にならったファッショナブルな姿だ。パリの大改造がオスマン男爵によって1853年から行われ、現在の我々が知るパリの街になっていく頃である。そして19世紀後半に描かれた、当時の典型的なパリジェンヌとされるボナの作品が展示され、マネやドガやサージェントによって芸術のミューズとして描かれた女性たちの絵画や、女性画家モリゾやカサットによる作品も続く。なお、パリでまず思い浮かぶエッフェル塔は、1889年のパリ万博で建造された。

 出展作品一つ一つも、構成も興味深い。ボストン美術館の所蔵品の奥深さにもあらためて驚かされる。

 ■サージェントが描いたパリジェンヌ風の女性肖像画
 第3章に出展されているジョン・シンガー・サージェント(1856~1925年)が描いた《チャ―ルズ・E.インチズ夫人(ルイーズ・ポロメイ)》(1887年、油彩・カンヴァス)は、凛としている。遠くを見つめた深い赤色のイブニングドレス姿の女性の上半身が無地の背景に浮かぶ。モデルはボストンに住む女性だが、画家は彼女をパリジェンヌ風に、そして18世紀風の肖像画として描いた。ドレスはアメリカ製だが、19世紀後半パリで絶大な人気を得たシャルル・フレデリック・ウォルト(1825~95年)のデザインを参考にしている。ウォルトは、現在のオートクチュールの原点を作り、ナポレオン3世皇妃ウジェニーのフォーマルウェアの専属デザイナーでもあった。本作の近くに、ジョセフ・フロランタン・レオン・ボナ(1833~1922年)による《メアリー・シアーズ(後のフランシス・ショー夫人)》(1878年、油彩・カンヴァス)の作品が見られる。当時の典型的なパリジェンヌの姿とされるものだ。両者を比べてみてどうだろう。

 サージェントはフィレンツェで生まれたアメリカ人。パリの画塾とアカデミーで学び、伝統的描法による上流階級の人々の肖像画が高く評価された。インチズ夫人像には、アメリカ人からのパリとパリジェンヌへの恋愛感情ともいうべく憧憬の念が溢れている。

 ■マネの大作《街の歌い手》:圧倒的な存在感
 第4章に展示されているエドゥアール・マネ(1832~83年)が描いた《街の歌い手》(1862年頃、油彩・カンヴァス)は縦170×横100cmを超える大作。圧巻である。本作は70年振りに大規模な修復が成されて初めての公開だ。青みがかったシックなグレーのドレスと、黒い縁取りを施した同じ色の上着をまとい、黒い帽子をかぶった、ほぼ等身大の女性が画面中央に正面向きに立つ。居酒屋の緑色の扉から表に出てきたところだ。左手にギターとサクランボの包みを抱え、右手でサクランボをほおばっている。粗いタッチと細かい描写が混ざり、スカートの横縞は繊細に描かれている。絵の前に立つと、この目の大きな色白の歌い手と実際に向き合っているように感じる。美しさとたくましさが迫ってくる。

 モデルの名はヴィクトリーヌ・ムーラン。彼女は本作のあともマネの絵のモデルを務めた。スキャンダルを起こした《草上の昼食》及び《オランピア》(共に1863年、オルセー美術館)、また《鉄道》(1873年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)などだ。ともに斬新な題材と平面的な描法で近代絵画の革新を行ったマネの代表作である。当時ムーランはギターとヴァイオリンを教えたり、モデルをしながら生計を立てていたという。その後酒浸りとなって早死にしたらしいと伝わっていたのだが、近年の研究により驚くことに、ムーランはのちに画家となり、フランスの権威ある美術展であるサロンに出品していたこと、制作した作品の存在も判明した。彼女はモデルとしてマネの代表作となった画業の一端を担ったわけだが、その行程をつぶさに観察していただろう。画家となったムーランの生き方にも圧倒される。

 ■ドガの《美術館にて》:絵を鑑賞する女性たち
 エドガー・ドガ(1834~1917年)による《美術館にて》(1879~90年頃、油彩・カンヴァス)も際立つ印象をもたらす。ドガの絵画に特徴的だが、本作でも顔立ちは定かではない。しかし、絵画に見入る二人のパリジェンヌの仕草がいい。黒色のドレスは当時の流行だ。美術館で絵を鑑賞する女性という主題も、また、画面を斜めに横切る椅子と二人の女性の大胆な構図、床や壁に架かる絵画の額縁の黄色と女性たちのドレスの黒色との鮮やかな対比、そして粗いタッチが生む力強さなどの描法も卓抜だ。場所はルーヴル美術館である。モデルはアメリカ生まれの女性画家カサットとその姉とされ、19世紀後半の当時、絵画鑑賞を許容された上流の女性たちが表現されている。

 ■自ら道を切り開いた女性芸術家たち
 本展は、自ら道を切り開きパリで活躍した女性芸術家たちにも焦点を当てている。女性の社会進出は困難を極めた。芸術家としての基礎を学ぶための国立美術学校エコール・デ・ボザールが初めて女学生の入学を初めて認めたのは1897年。しかし入学しても制限があり、女学生が人体デッサンを許されたのは1900年のことだった。よって女性たちが職業芸術家になるためには、自分で私学の学校や画塾などを探さなくてはならなかった。

 ●ベルト・モリゾ 印象派の女性画家ベルト・モリゾ(1841~95年)の《器の中の白い花》(1885年、油彩・カンヴァス)は小品ながら、清冽で可憐で心に残る。青の背景に手前に浅い鉢に置いた白い花を、奥に水指しをのびやかに描く。ブルージュの裕福な家庭に育ったモリゾは、姉たちと一緒に学業の一環として素描を学び、その後パリに出る。ルーヴル美術館でルネサンス絵画の模写を行い、その際に多くの芸術家に出会う。そして叙情的な風景画を描くジャン=バティスト・カミーユ・コロー(1789~1875年)からの助言や、マネの指導を受けながら、絵画の修行に励んだ。サロンに出品し、8回開かれた印象派展には7回出品。モリゾはマネの作品のモデルも務め、マネの弟ウジェーヌと結婚する。本展には、モリゾとその素描を覗く娘ジュリーの母娘を和やかな雰囲気で描いた版画《素描のレッスン》(1889年頃、エッチング)も出展されている。

 ●メアリー・スティーヴンソン・カサット メアリー・スティーヴンソン・カサット(1844~1926年)による《縞模様のソファで読書するダフィー夫人》(1876年、油彩・板)は、裕福そうな上流階級の鮮やかな青色のドレスの女性が、室内で読書にふける様子が見事に描かれている。夫人の充足感が伝わってくる。フランス絵画のロココの伝統を踏まえているという。日常の女性や子供の描写を得意としたカサットはアメリカの裕福な家に生まれた女性画家。自国では女性も美術アカデミーで学ぶことができ、入学。しかしアメリカには芸術家として活躍できるネットワークがないため、その後パリに渡り画塾に入り、ルーヴル美術館でも模写を行う。ドガの知遇を得て、修行を積んだ。印象派展に4回出品。

 ●サラ・ベルナール 19世紀に一世を風靡した国際的大女優サラ・ベルナール(1844~1923年)が制作した、親友の横顔を表したブロンズ作品《ルイズ・アベマの肖像》(1875年、ブロンズ)も見られる。サラ・ベルナールはアルフォンス・ミュシャ(1866~1939年)のポスターのモデルとしても有名だが、自身も絵画や彫刻を手掛け、サロンや万博に出品した美術家でもあった。

 ■色々な楽しみ方ができる展覧会
 色々なとらえ方、楽しみ方ができるのが、本展の面白さだろう。「パリジェンヌ」のイメージに通底するのは、奥に秘めた強靭なるものなのかな、などと思いながら、帰路についた。


【参考文献】
1) 編集=名古屋ボストン美術館、世田谷美術館、広島県立美術館、NHK、NHKプロモーション:『ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち』(展覧会カタログ)、発行=NHK、NHKプロモーション、2017年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2018年2月)

※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。



写真1 会場風景。
エドゥアール・マネ、《街の歌い手》、1862年頃、
油彩・カンヴァス、ボストン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)



写真2 会場風景。
エドガー・ドガ、《美術館にて》、1879~90年頃、
油彩・カンヴァス、ボストン美術館。(撮影:I.HOSOKAWA)



写真3 会場風景。
《ドレス(三つのパーツからなる)》、フランス、1770年頃、
ボストン美術館。(撮影:I.HOSOKAWA)



写真4 会場風景。
シャルル・フレデリック・ウォルト、ウォルト社のためのデザイン、
《ドレス(5つのパーツからなる)》、フランス、1870年頃、
経縞模様の平織シルク(ファイユ)、刺繍を施したシルクのシェニ―ルで縁取ったコットンボビンレース、シルクとコットンの裏地、
ボストン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会名】
ボストン美術館 パリジェンヌ展 時代を映す女性たち
La Parisienne: Portraying Women in the Capital of Culture 1715-1965
From the Museum of Fine Arts, Boston
【会期・会場】
2018年1月13日~4月1日  世田谷美術館
電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
2018年4月11日~6月10日  広島県立美術館
電話:082-221-6246
[展覧会詳細] http://paris2017-18.jp/

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