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企画展 ほとけを支える  ——蓮華(れんげ)・霊獣(れいじゅう)・天部(てんぶ)・邪鬼(じゃき)——

2017年10月14日

仏教絵画に親しみを感じる展覧会
 東京・南青山の根津美術館で、仏教美術をテーマとした面白い展覧会が開かれている。仏像と比べると近よりがたく感じられる仏教絵画が、がぜん親しみやすく思える展覧会である。保存上の問題もあって長く展示できない仏画は、どちらかと言うと鑑賞の機会の少ない美術品だし、長きにわたり礼拝や儀式に用いられてきた作品群は、ときに褪色等によって見えにくいこともあり、また鑑賞するには仏教や経典の知識が必要と感じられることも多い。そんなふうにいささか逃げ腰になる鑑賞者に対し、この企画展は、ダイレクトに仏さまに向かうのではなく、その仏さまを「支えるもの」、いわば「仏さまのお乗り物」に注目して、仏画を鑑賞してみることを提案する。この「乗り物という脇役から、仏さまにちょっと近づいてみましょうよ」という感じがなんともゆるやかで、心ひかれるのである。

展覧会はハスの花=蓮華(れんげ)の台から始まる
 仏さまがお乗りになっているものと言えば、すぐ思い浮かぶのはハスの花だろう。泥の中から茎を伸ばし、水面にふれることなく美しい花を咲かせるハスは、仏教を象徴する聖なる花だ。だが、ハスの花=蓮華(れんげ)の台=蓮台(れんだい)は、あまりに当然に存在するためか、しみじみ見たことがない気がしないでもない。ところが、例えば色彩がいまだ美しく残る14世紀の《釈迦三尊像(しゃかさんそんぞう)》を前にして、このお釈迦さまの場合は一般的な蓮台とは違い、「開ききった花弁の内側に無数の雄蕊(おしべ)が見えますよ」などと説明されると、ついその精緻に描かれた無数のオシベを確かめようと花弁の内側をしげしげとのぞき込み、他の蓮台との違いを比べてみたくなるのではなかろうか。

作品1点1点につけられた、短くわかりやすい解説がポイント
 この展覧会の魅力のひとつは、そんなふうによく見るためのヒントから始まり、仏さまの図像とその様々な台座にどんな典拠や特徴があるのかを教えてくれる解説が充実していることだ。もちろん近年の美術展の多くは解説パネルや音声ガイドが充実しているから、この館だけということではないけれど、照明をおさえた展示室でも読みやすい大きめの文字で記された今回の解説は、どれも短く、興味深く、そしてすこぶるわかりやすい。獅子が仏さまの乗り物であるのは、「釈迦の説法の偉大さを百獣の王である獅子の咆哮(ほうこう)になぞらえたインドの獅子座に由来する」とか、「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)は、はるかインドより獅子に乗って砂漠を越え、中国・山西省の霊峰・五台山に来臨した」と経典にあるがゆえに、その図像は獅子に乗って表されるとか、「普賢菩薩(ふげんぼさつ)は、法華経を真摯に信仰する者のもとに、六本の牙をもつ白象に乗って現れ守護する」と、これもまた経典にあることから、白象には通常は6本の牙が表される、などなど。天真無垢な童子の姿で表された《文殊菩薩像》や、信者の守護者となる10人の鬼女「羅刹女(らせつにょ)」を従えた優美な普賢像《普賢菩薩十羅刹女像》(重文)といった名品とともに、仏教美術の様々な象徴的イメージのいわれについて、「なるほど、そうだったのか」という知識にふれることができるのである。

増えゆく台座のヴァリエーション

 展覧会は、こうした蓮台や霊獣の紹介ののち、本来は台座ではなかったのに、結果的には台座になってしまったものの紹介へと向かっていく。例えば、もともとは仏教の神ではなかった者が仏教の守護神となったものを「天部(てんぶ)」というが、その代表的な存在であり、世界の四方を守護する四天王は、仏法をおかす鬼「邪鬼(じゃき)」を踏みつけている。見ようによってはその踏みつけられている邪鬼が、踏みつけている四天王をけなげに支えている台座のようにも見えてきて、しかもこの邪鬼たちの表情がときにユーモラスで、なかなか愛嬌のある台座となっているのだ。さらに密教の世界では、四方だけでなく時空をこえてあらゆる方向から仏法を守護しようと、様々な天部が表され、また怖ろしい忿怒(ふんぬ)の形相で知られる怒りの仏・明王(みょうおう)たちも登場する。そうした忿怒尊(ふんぬそん)を代表する「五大明王」の中心的存在の《不動明王像(ふどうみょうおうぞう)》は、その尊名の語源である梵語(ぼんご)が「山のごとく動じないもの」を意味していることもあり、「磐石(ばんじゃく)」と呼ばれる大きな岩の上に表されるのだそうだ。一方、俗世の主を降伏(こうぶく)する《降三世明王像(ごうざんぜみょうおうぞう)》(重美)は、大自在天(だいじざいてん)の顔を踏みつける姿で描かれており、ここでは降伏される者がいわば台座と化している。また、人間の愛欲を浄化し、その威力によって悟りに導く《愛染明王像(あいぜんみょうおうぞう)》(重文)は、燃えるような赤いお体を、これもまた赤い蓮華座で支えている。このように仏さまの数を飛躍的に増やしていった密教は、台座のヴァリエーションも含めて、多彩な図像を生み出したのだという。

ハイライトは、曼荼羅(まんだら)に見る仏さまの相関図
 さて、この展覧会のハイライトは、鎌倉時代に制作された《金剛界八十一尊曼荼羅(こんごうかい はちじゅういっそん まんだら)》(重文)である。密教の根本経典『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』が解く究極の悟りの世界を表したこの曼荼羅は、天台密教の彩色曼荼羅の貴重な古本として、重要文化財に指定されている。画面中心部は9つに分けられ、5つの大きな円が十字に並ぶが、そのそれぞれの中央に「金剛界五仏」の如来が座し、4尊の菩薩がそれぞれの如来像を取り巻いている。美しい色彩で精緻に描かれた大画面に圧倒されるものの、だがどこからどう拝見すればいいのか心もとないという鑑賞者の気持ちに対し、今回の展示が提案してくれるのは、描かれた台座の区別から「仏さまの相関図」として見るという一つの見方である。
 中央の大きな円をよく見ると、その中心に描かれた密教の教主・大日如来が7頭の獅子に支えられた蓮華座に座し、またその周囲の菩薩4尊がそれぞれ異なる台座に乗っていることがわかる。毒を制し浄化する孔雀(くじゃく)、蛇を食うという伝説の巨鳥「迦楼羅(かるら)」、翼のある象と翼のある馬という4種の鳥獣に蓮台を乗せた鳥獣座(ちょうじゅうざ)だが、これが周囲の大きな4つの円の中に描かれた如来と菩薩のグループの台座にそれぞれ対応している。つまり、台座によって、仏さまたちの関係性が示されているのだという。そしてその周囲には蓮華に座す尊像が並ぶ帯があるのだが、よく見るとこの帯は、無数の小さな仏さまたちで埋めつくされている。過去から未来へと続く長い時間に千の菩薩が仏になるという、「賢劫千仏(げんごうせんぶつ)」の描写である。さらにその外側に、「荷葉(かよう)」と呼ばれるハスの葉や岩に乗る尊像が並び、最後に縁を彩るのは、優美な唐草文の「宝相華(ほうそうげ)」だ。言葉にすると複雑だが、会場には、尊像と台座による分類を見事に色分けして表したパネルが置かれているため、曼荼羅のもつ壮大・壮麗な世界観が実にわかりやすく伝わってくる。

38件の作品が教えてくれるそれぞれの物語
 今回の出品作は、絵画と彫刻3件をあわせて全部で38件。曼荼羅の後も、蓮華座に座す尊像の頭上に日輪と北斗七星が描かれた珍しい《七星如意輪観音像(しちせいにょいりんかんのんぞう)》や、大きな魚に乗る《魚籃観音像(ぎょらんかんのんぞう)》といった様々な観音像や、《善光寺縁起絵(ぜんこうじえんぎえ)》(重文)に登場する阿弥陀三尊像などが紹介されている。そして最後に登場するのは、飛行する乗り物としての「雲」。当初は主に臨終の信者のもとに降臨し、西方浄土へ連れていってくれる阿弥陀さまのためのものだったが、釈迦信仰の高まりとともに雲に乗るお釈迦さまも描かれるようになり、さらには中国から海を越えて日本にいらした文殊菩薩を乗せた獅子の足の下にも雲が描かれることがあったのだとか。全38件、そのそれぞれの物語がどれも異なり、なおかつ楽しく興味深いのが、この展覧会の大きな魅力だろう。
 1階での企画展以外にも、2階展示室では、水瓶をテーマとした小企画や、秋らしい茶道具を集めた「菊月の茶会」の展示を見ることができる。涼やかな秋の庭園の散策も気持ちよく、また庭園内のカフェでは、期間限定で秋らしいデザートメニューが楽しめる。この秋は、ぜひ根津美術館にどうぞ。

執筆:中山ゆかり


※会場内の画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

写真1 会場入り口。
大きな看板のこの仏さまは、本展のハイライトとなる作品《金剛界八十一尊曼荼羅》(重文)のうちの一尊。


写真2 邪鬼を踏む《毘沙門天像(びしゃもんてんぞう)》と会場風景。
今回は、彫刻も3件展示されている。


写真3 大展示室の壁面一面を使った《金剛界八十一尊曼荼羅》の展示。


写真4 重要文化財《金剛界八十一尊曼荼羅》絹本着色 鎌倉時代(13世紀)


写真5 《金剛界八十一尊曼荼羅》を、尊像と台座別に分類。
色分けしたグルーピングにより、仏さまの相関図となっている。


写真6 文字による解説以外に、《善光寺縁起絵》(重文)ではこんな親切な説明書きも。


写真7 「雲座」のいろいろ。乗る仏さまも、描き方も、飛来のスピード感も、それぞれの図像に個性が見える。

【展覧会英語表記】
Supporting the Buddhist Image:Lotus Flower, Sacred Beast, Deva and Demon
【会期・会場】
2017年9月14日(木)〜10月22日(日) 根津美術館
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html