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「あやしい絵展」

2021年4月29日

なんだか妙に気になる。そんな絵たちが勢揃い。
東京国立近代美術館で5月16日まで。★4/25~5/11は臨時休館。
大阪歴史博物館で7月3日~8月15日。
★会期など必ず、巻末【展覧会公式ウェブサイト】でご確認下さい。

 ■「あやしい絵展」とは何か
 「あやしい絵展」と聞くと、不思議に惹きつけられる。しかし聞きなれない言葉だ。展覧会ポスターやちらしを見ると、「あやしい」の「し」が極端に長く蛇のようで、掲載図版もなんだか奇妙。よってさらに気持ちが高じる。そんな本展が紹介するのは、「単なる美しさとは異なる表現」である。なお、展覧会の英文タイトルは、Ayashii: Decadent and Grotesque Images of Beauty in Modern Japanese Art。本展には、退廃的、妖艶、奇怪、神秘的、不可思議、グロテスク、エロティックなどといえる多様な作品が勢ぞろいした。会期中に前期後期併せて160点が出品。大半が日本の幕末から昭和初期までの作品だ。近代日本美術が包含する魅惑的な領域を、見事にあぶり出した好企画である。

 ■展覧会構成
 本展は大きくは、以下の3つの章で構成されている。
 1章 プロローグ 激動の時代を生き抜くためのパワーをもとめて(幕末~明治)
 2章 花開く個性とうずまく欲望のあらわれ(明治~大正)[2章-1 愛そして苦悩―心の内をうたう/2章-2 神話への憧れ/2章-3 異界との境で/2章-4 表面的な「美」への抵抗/2章-5 一途と狂気]
 3章 エピローグ 社会は変われども、人の心は変わらず(大正末~昭和)

 ■導入部で出会うのは
 東京国立近代美術館の会場に足を踏み入れると、まず出迎えてくれるのが白い猫。京都生まれの画家 稲垣仲静(いながきちゅうせい)(1897~1922年)による《猫》(大正8〈1919年〉頃、絹本彩色、星野画廊)(※通期展示)という作品だ。鈍い赤色と黄色を背景に斜め下方向を見つめ、黒い尾を自らに巻きつけて座る猫は、怪しげな雰囲気をまとう。稲垣は官能的な舞子図を得意とした画家だった。本展ではこの猫が案内役を務め、音声ガイドでも活躍する。

 そして安本亀八が制作した実物大の《白瀧姫》(明治28〈1895〉年頃、紙・木・毛髪・顔料ほか、桐生歴史文化資料館) (※通期展示)が続く。これは生人形(いきにんんぎょう)である。生人形とは、幕末から明治にかけて縁日や社寺の見世物興行で人気を得た、本物の人間と見まがうほど写実的な人形のこと。しかし本作は日本織物株式会社の経営者が注文し入手したもので、会社敷地内に建てた織姫神社に安置した。糸車を手にもつ。着物などは新調されたが、制作当時のままの肌はきめ細かく、少し開いた口元から歯がのぞく。頬にえくぼも見える。リアルな美しさに恐怖感もつのる。幕開けの2作品だけでも心がざわつく。会場を巡るとどうなるのか。印象深い作品を少し紹介しよう。

 ■甲斐庄楠音《横櫛》:不思議な微笑の妖艶な美人
 等身大よりやや大きいだろうか、卵型の顔のすらりとした着物姿の美人の立ち姿がある。甲斐庄楠音(かいのしょう ただおと)(1894~1978年)が描いた《横櫛》(大正5〈1916〉年頃、絹本彩色、京都国立近代美術館)(※東京展では通期展示。大阪展では半期展示)だ。紫色の着物を黄色の長襦袢の上に羽織る。黄色が目立つ。着物裏の赤色も対比的で強烈。そして彼女の顔の表情が妙に観者を惹きつける。白粉を塗った顔。目の周りはほのかに赤い。そこに不可思議な微笑みが浮かんでいる。優しげでもあり不遜でもあり、複雑な表情が重層する。長襦袢の襟には美しい天女の模様が、裾には広範囲に揺らめく赤い火炎模様が描かれている。彼女は和室の座布団の上に素足だ。背景は馥郁とした牡丹が描かれた襖である。画面全ての要素が、この女性の妖艶さを高める。絵の前に立つと魔法をかけられる、そんな気持ちになる作品である。

 この絵のモデルは画家の義姉の彦子だ。結髪に大きな櫛を横に挿しているが、義姉が歌舞伎の演目『切られお富』を観た後、お富を真似た姿を画家は記憶して描いたという。義姉も面白い人である。『切られお富』とは、河竹黙阿弥作の歌舞伎狂言『處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)』の通称で、これは有名な通称『切られ与三』(正式名称は『与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)』)を基底に書き換えたものだ。ちなみに、元になった『切られ与三』は、「死んだと思ったお富とは、お釈迦様でも気がつくめえ」の名セリフでも知られる。さて、本作の主題ともいえる『切られお富』は、主人公お富がかつての恋人のためにゆすりも殺人も行う、いわゆる悪婆(毒婦)物の代表作である。楠音は、この微笑について画集で見て模写したレオナルド・ダ・ヴィンチ作《モナ・リザ》からの影響を語っていたという。画家は本作で、お富の二面性や爛熟した退廃的気分などと、西洋絵画の探求を重ね、人間の隠された本質を突いた、きわめて魅力的な絵画を創り出した。

 甲斐庄楠音は、2年後に同画題の《横櫛》(大正7〈1918〉年、絹本彩色、広島県立美術館)(※大阪展のみ出品。半期展示)を第1回国画創作協会展に出品し、鮮烈な画壇デビューを飾った。よって本作は、そのための試作的作品とされる。また楠音21歳の時の四曲一双屏風の大作《畜生塚》(大正4〈1915〉年頃、絹本彩色、京都国立近代美術館)(※東京展のみ出品)も見逃せない。死を目前にした女性たちを裸体で描写した意欲作だ。未完のため線描きだけの表現だが、刹那の心情が迫りくる。ミケランジェロの裸体群像の研究の跡も想像させる。

 甲斐庄楠音は京都に生まれ、写実的表現による妖艶な女性像を多数描いて活躍したが、後に映画の仕事に転じ、溝口健二監督のもとで衣装や美術考証などを担った。

 ■北野恒富《淀君》:歴史上の人物の決意の表情
 遠くから眺めると、能面のような白い顔が薄暗い背景から浮かび上がり、ぎょっとさせられた。近づいて見ると、その女性は鮮やかな赤色の鹿子絞りの豪奢な打掛をまとい、写実的に表現された真っ白な手指で着物を押さえている。静かな佇まいだが、眼差しは固い決意を示すようだと気づいた。描かれた人物の存在と心情が段々と見えてくる不思議な作品だ。これは北野恒富(1880~1947年)による《淀君》(大正9〈1920〉年、絹本彩色、耕三寺博物館)(※通期展示)である。縦2mを超す画面一杯に描かれた女性は、元和元〈1516〉年、大坂城落城のときの豊臣秀吉側室・淀である。恒富は本作で、西洋絵画の写実的な陰影法と、煙る背景から浮かび上がるよう人物の輪郭に東洋の絵画での外隈の手法を使いながら、歴史上の人物を目前に生き返らせ、独特の存在感を放つ作品に仕上げた。

 北野恒富は金沢に生まれ、大阪で活躍。大正期は画壇の悪魔派とも呼ばれる官能的な女性像を多く描いた。小説挿絵やポスターも卓越。後年は清純な女性像に画風を変化させた。

 ■上村松園《花がたみ》:一途な心の果て
 おぼつかない目つき、着崩した着物、足元に落ちた破れた扇。美少女のそんな姿が胸を突く。京都生まれの女性画家、上村松園(1875~1949年)が描いた《花がたみ》(大正4〈1915〉年、絹本彩色、松伯美術館)(※東京展では後期展示4/20~5/16。大阪展では前期展示7/3~26)だ。謡曲『花筺(はながたみ)』を題材とする作品。一途な愛情の果ての狂い舞う姿だという。徹底した題材研究がなされている。

 ■安珍と清姫伝説:蛇となった清姫の怨念
 本展には、歌舞伎『京鹿子娘道成寺』や能でも有名な、安珍と清姫伝説を主題とする作品も多数出品されている。平安時代の説話から始まり、絵巻や芝居となって伝わったこの伝説は、清姫の愛情の深さが安珍への怒りに劇的に変化し、異形のものに転換する。明治後期の月岡芳年(1839~92年)の浮世絵、大正時代の村上華岳(むらかみかがく)(1888~1939年)の独創的な表現や、橘小夢(たちばなさゆめ)(1892~1970年) の流麗なペン画、また昭和の清澄で軽快ともいえる小林古径(1883~1957年)らの同主題作品を、時代背景と共に見比べられることは興味深い。

 「単なる美しさとは異なる表現」である「あやしい絵」の数々。本展で複雑な感情を作品群から浴び、衝撃をくらった。時代背景の変遷、文学との関係や西洋からの影響、そして人間の深い心理を描写する画家たちの絵画革新への挑戦に、また特に大正時代のデカダンス、京都画壇などの関西の画家の作品の独創性にも、眼を開かれた。感慨をいだきながら帰路についた私の前を何かがさっと横切った。どうもあの白猫だったような気がする。

【参考文献】

1)中村麗子・山田歩・廣瀬歩(STORK)・三宅さくら(毎日新聞社) 編集:『あやしい絵展(展覧会図録)』、中村麗子・中村圭子(弥生美術館)・山田歩・長名大地(東京国立近代美術館)執筆、毎日新聞社 発行、2021年。
2)松嶋雅人:『あやしい美人画』、東京美術、2017年。

執筆:細川いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2021年4月)


写真1 東京会場の展示風景(以下、同様)。
甲斐庄楠音《横櫛》、大正5〈1916〉年頃、絹本彩色、京都国立博物館。
(※東京展では通期展示。大阪展では半期展示) (撮影:I.HOSOKAWA)

写真2 甲斐庄楠音《横櫛》の部分詳細。
大正5〈1916〉年頃、絹本彩色、京都国立博物館。
(※東京展では通期展示。大阪展では半期展示)
(撮影:I.HOSOKAWA)

写真3 北野恒富《淀君》、大正9〈1920〉年、絹本彩色、耕三寺博物館。
(※通期展示)(撮影:I.HOSOKAWA)

写真4 北野恒富《淀君》の部分詳細。大正9〈1920〉年、絹本彩色、耕三寺博物館。
(※通期展示)(撮影:I.HOSOKAWA)

写真5 稲垣仲静《猫》。大正8〈1919〉年頃、絹本彩色、星野画廊。
(※通期展示)(撮影:I.HOSOKAWA)
 

※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

【展覧会名】
あやしい絵展

Ayashii: Decadent and Grotesque Images of Beauty in Modern Japanese Art
【展覧会公式ウェブサイト】★必ずこの展覧会公式ウェブサイトでご確認下さい。
https://ayashiie2021.jp
【会期・会場】
[東京展] 2021年3月23日(火)~ 5月16日(日)東京国立近代美術館
 電話:050-5541-8600(ハローダイヤル) 
 美術館HP:https://www.momat.go.jp
★緊急事態宣言発令により4/25~5/11は臨時休館。
★入館チケットは日時指定の事前購入制です。★詳細は当館HPをご覧ください。

[大阪展] 2021年7月3日(土)~ 8月15日(日) 大阪歴史博物館
美術館HP:http://www.mus-his.city.osaka.jp

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