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「河鍋暁斎の底力」展

2021年2月4日

暁斎の卓越した筆遣いを体感する。本画と版画をあえて展示せず。
東京ステーションギャラリーにて、2月7日まで。

 ■人体を見事に表現するドローイング
ルネサンスの巨匠たちのドローイングを思い出す。人体が勢いのある墨線によって見事に描かれている。表面には見えないけれど、そこには人体を構成する骨格や筋肉が確実に存在し、血液が通う。筆者が目にしているのは、幕末から明治時代に活躍した河鍋暁斎(1831〈天保2〉~89〈明治22〉年)によるドローイングである。現在、JR東京駅丸の内北口改札前にある東京ステーションギャラリーで開催中の『河鍋暁斎の底力』 (The Extraordinary DRAWING of KYOSAI) 展で見られる。暁斎は多岐にわたる画題の作品を、特筆すべき筆遣いと自由な発想で数多生み出した。本展は、暁斎の画力そのものを抽出して提示するものだ。

 本展には、下絵に色彩を施した完成作品である本画や、錦絵ともいう鮮やかな版画をあえて出品しない。構想段階の①画稿や、本画を描くための下書きである②下絵、また、対象を実際に見て写実的に描いた③写生(暁斎は記憶で描くことも多い)や、学習のために古典を写した④模写、さらに、書画会などで一気呵成に仕上げた④席画、そして弟子のための⑤絵手本などが出展される。この限定に本展の意図がある。これらには暁斎の真の筆力がそのまま表われているからである。加えて、暁斎の絵の鍛錬や思考の跡が見出だされるからだ。前期と後期で166作品を出品。全て埼玉県蕨市にある河鍋暁斎記念美術館の所蔵作品である。

 ■展覧会構成
 本展は、以下の3つの章で構成されている。
 1.描かずにはいられない――写生・模写・席画等
 2.暁斎の勝負どころ――下絵類
 3.暁斎の遺産――絵手本

 ■《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』下絵》:歌舞伎の行灯絵の下絵
 会場の暗がりのなか、壁ではない空間に絵が浮かぶ。中央に仁王像のような大男が立ち、棍棒をふるい、ドレス姿の女性の手を掴む。一撃をくらった洋装の男が仰向けに倒れ、顔を覆う。迫真の墨線が人々の動きの瞬間をとらえる。背後には破壊された列車が見える。興味深いのはこの絵の裏にも絵が描かれていることだ。裏の絵は、西洋の宮殿の部屋なのだろうか、中央に扇を掲げ、着飾ったドレスの若い女性がダンスを踊る。向かって右に年老いた女性が、左奥に太鼓を叩く兵隊ともう一人の兵隊が立つ。画面左下隅に、「明治十二卯八月十五日新富町 守田勘弥座行灯之画 五枚の内 出来」との款記がある。

 ともに1879年に新富座(森田勘弥座)で夜芝居として上演された河竹黙阿弥(1816~93年)作の新芝居のために、河鍋暁斎が描いた宣伝用の行灯絵の下絵である。その芝居は「漂流奇譚西洋劇(ひょうりゅうきたんせいようかぶき)」。歌舞伎の洋風化熱が高まった頃だった。清水港から出帆した船に乗った漁師父子が難破し、離れ離れとなり、米国、欧州を経てパリで再会を果たすという破天荒ともいえるストーリー。上述した作品の前者は、《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇 米国砂漠原野の場 下絵』》(1879 〈明治12〉年))、後者は《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇 西洋歌舞伎の場 下絵』》(1879 〈明治12〉年8月15日)(※出品作品の画家は全て河鍋暁斎。所蔵先は全て河鍋暁斎記念美術館所蔵。以下略)。後者は、外国人俳優による劇中劇のドニゼッティ作曲オペレッタ「連隊の娘」の場面である。

 新富座座主の森田勘弥は、暁斎、鳥居清満(1833~92年)、月岡芳年(1839~92年)の三人の画家に計16枚の行灯絵を依頼し、暁斎は下絵に記されたように5枚を担当したとされる。暁斎による下絵は現在4点が残り、全て本展に出品されている。完成画としての行灯絵(本画)は劇的な展開を経て、現在日本とドイツで2作品が見つかっている。なお、暁斎は翌年の1890年、新富座のための巨大な《新富座妖怪引幕》(※出展無し)を描いている。

 暁斎と黙阿弥については心温まる話がある。30年近く前のことだ。実は暁斎の4枚の下絵とともに、小さなサイズのラフスケッチ(小下絵)が4枚残されていた。暁斎の曽孫であり暁斎顕彰活動を長年継続しておられる河鍋楠美先生(医学博士)が、河竹黙阿弥の曽孫であり歌舞伎研究者の河竹登志夫先生(早稲田大学名誉教授)に調査を依頼した。そして小下絵は河竹黙阿弥が描いたものと判明し、また従来「鹿鳴館」との画題だった作品が「西洋歌舞伎」行灯絵だと解明された。暁斎は黙阿弥の小下絵の指示のもと、暁斎らしい画趣に富んだ行灯絵に仕上げた。明治初期の黙阿弥と暁斎のつながりを、100年余を経てその曽孫同士が共同して発見したのである。(※詳細は、参考文献2の281頁掲載論文:河竹登志夫「暁斎と黙阿弥」1994年、を参照されたい)。

 ところで、黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』の芝居は、外国人俳優による劇中劇での歌唱が、歌舞伎の観客には奇異に映ったこともあり、評判は芳しくなかったとの記録が残る。しかし、できれば現代に再演してもらいたいと筆者は思う。行灯絵も並べてみてはどうだろう。

 ■《日本武尊の熊襲退治 下絵》:動勢と気品
 《日本武尊の熊襲退治 下絵》(1879〈明治12〉年6月23日)は、記紀神話の英雄である日本武尊(やまとたける)が女装して熊襲(くまそ)たちを襲撃する場面である。躍動感にあふれ、かつ気品がある。背景の描写は人物とは異なる筆遣いだ。画面の下方をよく見ると、紐の結び方のスケッチがある。激しい動きのため日本武尊の後方に翻る、その紐の部分だ。暁斎の思考過程が垣間見える。

 ■《女人群像 下絵》:群像の女性表現の極致
 「1993年12月にロンドンの大英博物館で開催された暁斎の展覧会『Demon of Painting:
The Art of Kawanabe Kyosai』の内覧会で、沢山の研究者がこの絵の前に集まって驚いていました」と、本展会場で河鍋楠美先生がお話してくださった。《女人群像 下絵》(制作年不詳)のことだ。格別な魅力を放つ作品である。画面には着物姿の美しい女人が大人数描かれている。中央上部に本を読む、髷を高く結った女性。下方には猫を眺める日本髪の女性たち。全体を眺めると、髪型や衣装が様々で異なる時代の二、三人からなるグループの集合だと気づく。一人一人の優れて美しく的確な描写と全体の構成力に圧倒される。この下絵には修正箇所が多数見られ、ここでも暁斎の思考の過程を偲ばせる。本画の発見が待たれる。

 ■《鳥獣戯画 猫又と狸 下絵》:新発見の断片
 猫又(猫の妖怪。尻が二つに分かれる)と狸と狐とモグラが踊り狂う《鳥獣戯画 猫又と狸 下絵》(制作年不詳)は、河鍋暁斎作品のなかでも絶大な人気をもつ。彩色された下絵である。猫又の部分のみ上から紙を貼り修正し、その猫又の目が金色に光る。異様な境地だが、いったい何を描いているのだろう。最近、上部につながる断片が見つかり、本展で披露された。断片を合わせると、木の枝の2カ所から2匹のネズミが蝋燭を棒の先に突き出し、猫又の顔を照らしているのがわかり、さらに上部に鼓を持つネズミも見える。これは歌舞伎での面灯り(つらあかり)なので、本作は歌舞伎の暗闇の場面だろうと、解明が一歩進んだ。本作と対を成す《鳥獣戯画 梟と狸の祭礼行列 下絵》(制作年不詳)も同様の場面であろうと推定されるようだ。今後の研究が楽しみである。

 ここで下絵について補足しておこう。日本の絵画制作では多くは、様々な構想を経て、最終の原寸大下絵に仕立て、それに紙を被せ、写して本画を仕上げる。だから本画の描線は下絵の描線に比べておとなしくなる傾向がある。また師匠が色指定をした下絵を弟子に渡して、弟子たちに本画に仕上げる作業を任せることもある。よって下絵には画家の筆力がダイレクトに出る。全てが画家本人の筆になるといえる。なお日本では事情が異なるが、西洋では完成画に至る以前のドローイングを貴重な作品として見る伝統があり、海外の美術館で目にすることも多い。

 ■《月次風俗図》:一気呵成に描いた席画
《月次風俗図(つきなみふうぞくず)(1874〈明治7〉年8月)は客を前にして即興で描かれた席画で、一月「万歳」から五月「鍾馗と鯉のぼり」、六月「電信柱に夕立」を経て、十二月までの一年の景物を描く。書画会などで制作したとされる。書画会で客の注文に見事に応える暁斎の早描きは絶大な人気を得た。本作の筆勢も圧巻。新奇な風物の電信柱も興味深い。

 ■斬新で画期的な展覧会
 本展はコロナ禍により予定されていながら延期された海外展の代わりに開催されたという。東京ステーションギャラリー学芸員の田中晴子さんが、以前から構想し暖めていた企画を急遽進めたそうだ。深い暁斎への理解と研究のもと、斬新な斬り口で見せる画期的な展覧会を実現してくださった。

 筆者にとっても本展は感慨深いものがあった。1994年11月刊行の『河鍋暁斎画集 全3巻』(六耀社)の編集を筆者は担当した。編纂委員は芳賀徹先生を委員長とし、粟津潔・吉田漱・山口静一・及川茂・河鍋楠美の先生方。1990年春から4年半をかけてB4判の大型豪華本の出版に漕ぎつけた。暁斎が今ほど知られていない頃だが、暁斎研究の底本とするべく先生方が議論を積み重ねてくださった。その過程で暁斎の迫力あるドローイングの数々に、驚嘆させられたのだった。


【参考文献】
 1) 羽鳥綾(東京ステーションギャラリー)編集:『河鍋暁斎の底力』(展覧会図録)、河鍋楠美・田中晴子・大柳久栄・加美山史子・矢野夏子・阿部理代 執筆、東京ステーションギャラリー 発行、2020年。
 2) 芳賀徹・粟津潔・吉田漱・山口静一・及川茂・河鍋楠美 編纂:『河鍋暁斎画集 第一巻 本画・画稿』、六耀社。1994年。

執筆:細川いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2021年1月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。


写真1 河鍋暁斎筆《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇 米国砂漠原野の場 下絵』》、1879 〈明治12〉年、河鍋暁斎記念美術館所蔵。

写真2 河鍋暁斎筆《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇 西洋劇の場 下絵』》、1879 〈明治12〉年8月15日、河鍋暁斎記念美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)

写真3 左は、河鍋暁斎筆《日本武尊の熊襲退治 下絵》、1879〈明治12〉年6月23日、河鍋暁斎記念美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)。

写真4 河鍋暁斎筆《女人群像 下絵》、制作年不詳、河鍋暁斎記念美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)

写真5 左から、河鍋暁斎筆《鳥獣戯画 猫又と狸 下絵》、制作年不詳。河鍋暁斎筆《鳥獣戯画 梟と狸の祭礼行列 下絵》、制作年不詳。ともに河鍋暁斎記念美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)

写真6 左から、河鍋暁斎筆《水干をつける美人 下絵》、1880〈明治13〉年4月。河鍋暁斎筆《文読む美人》、1888〈明治21〉年頃。ともに河鍋暁斎記念美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)

写真7 河鍋暁斎筆《月次風俗図》、1874〈明治7〉年8月、河鍋暁斎記念美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)
 

【展覧会名】
河鍋暁斎の底力
The Extraordinary DRAWINGS of KYOSAI
【会期・会場】
2020年11月28日(土) ~ 2021年2月7日(日) 
東京ステーションギャラリー(東京駅 丸の内北口 改札前)
★入館チケットは日時指定の事前購入制度です。詳しくは当館ウェブサイトをご覧下さい。
www.ejrcf.or.jp//gallery/
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202011_kawanabe.html
<電話> 03-3212-2485

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