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府中市美術館「長谷川利行展 七色の東京」

2018年6月28日

 府中市美術館で、昭和初期の東京を描いた長谷川利行(1891-1940)、通称・リコウの展覧会が開かれている。長く所在不明となっていたが近年再発見された《カフェ・パウリスタ》や《水泳場》、約40年ぶりの公開となる《夏の遊園地》など代表作や初公開の作品など油彩、水彩、ガラス絵など約140点を紹介する大規模な展覧会となっている。本展は同美術館の他、「福島県立美術館」(福島県、開催済)、「碧南市藤井達吉現代美術館」(愛知県)、「久留米市美術館」(福岡県)、「足利市立美術館」(栃木県)の5会場を巡回する。

 
長谷川利行の生きざまとエネルギーあふれる絵画
 力強く、時に荒々しく描かれる利行の筆致に、「何を描いているのかわからない」「絵が下手だ」などの評を受けたこともあるようだが、その絵を前にすると画面から溢れ出るギラギラとしたエネルギーに強く引きつけられる。絵の上手い下手、技術力の高さ低さを何をもって判断するのか私は知らないが、「これほどのパワーを放つ、人の心に訴えかけるような絵画を称えない術はない」と圧倒されながら立ち尽くす。

 20代は短歌をつくり、1921年に30代で上京し、ほとんど独学で絵を描き始めた。絵画が自分の思いを表現できる手法だと自認していたようだ。関東大震災に遭い、京都に戻るも再上京。紹介で詩人文学者・高橋新吉と出会い、前田寛治や里見勝蔵の知遇を得るようになる。その後、靉光、麻生三郎、井上長三郎、寺田政明らとの交流も始まり、第14回二科展で樗牛賞を受賞する。だが、利行の生活は苦しく、劇作家の岸田國士など著名人の肖像画を強引に描き、後に支払いを求め通い続けたという。簡易宿泊所を転々とし、胃がんのため路上で倒れ東京市養育院に収容され、誰に看取られることもなく一人、息を引き取った。「絵を描くことは生きることに値するという人は多いが、生きることは絵を描くことに価するか」という言葉を残した利行。絵を描くことが何より至福だったのだろう。利行の絵にはエネルギーが満ちている。絵画に生きた15年だった。

 二科展で毎年入選を繰り返したが、会員にも会友にも推挙されることなく受け入れられなかった利行。そんな中で、常に利行の絵を評価するものも存在していた。会員の正宗得三郎、熊谷守一、1930年協会展の中心メンバー前田寛治、佐伯祐三などである。また、「アウトローと呼ばれた画家ー評伝 長谷川利行」(「小学館」発行)には版画家の萩原英雄との交流やお互いに才能を認める仲だった画家の手塚一夫との共同生活なども書かれている。

 長谷川利行という人物について語り伝え、作品の保存に尽力したのは、生前、利行と懇意にしていた詩人で画家の矢野文夫と、高崎正男(天城俊彦)だった。友人として多くの時間を共にした矢野は利行の死後、利行について「放水路落日」という小説を書くなど、利行と向き合い続けた。利行の死後40年、矢野が80歳近くの時に、「これで利行はおしまいにして、日本画に専心したい」(同)と語っている。一方、高崎は利行のために、素人ながら天城画廊をオープンし、半年で5回、翌年には9回もの利行の個展を開いた。良質の絵具とカンヴァス、宿代などを高崎が負担する代わりに利行の絵や生活までを管理した。利行にとってその環境は辛かったのだろうと想像するが、その高崎の尽力により多くの傑作が生まれ、現在に至ることも事実だ。そこに起因するかはわからないが、絵も時と共により修練されていったように思う。
 利行の死後、高崎から引き継いで利行の名を高めていったのは画商の木村東介。利行の作品が注目を浴び始めたのは、高崎の死後、戦後の混乱が落ち着き始めた昭和30年代のことだった。

利行の絵を通じて昭和初期のカフェに出合う
 私がまず魅かれたのは、二科展で樗牛賞を受賞した代表作《酒売場》と近年、テレビの鑑定番組で発見され話題になったという《カフェ・パウリスタ》、《浅草停車場》などの建物の内部の様子を描いたもの。重厚な柱にアーチを描いたような手すりや階段、赤茶けた雰囲気のある内装が西欧の建物を彷彿とさせる。《カフェ・オリエント内のスタンド》や《カフェの入口》なども含め、明治から昭和初期の、今でいうレトロなカフェの活気に満ちた当時の姿を垣間見るようである。黒みがかった赤やオレンジ、緑などの色がより趣を増す。黒を基調に描かれている人物がひしめき、店内のざわつきを感じさせる。図録「絶望と歓びの果てに」(江尻潔)には、利行の共感覚によって描かれた人の話し声、食器の音など「店内の喧騒が色となって画面いっぱいに響いている」と表現されている。表情までこまかく描かれないような人物も私好みの描写。もう一枚の《カフェ・パウリスタ》も、本展の展覧会名にある、まさに七色の虹のような美しさだ。
 1928(昭和3)年頃に描かれたカフェは全体的に暗めな色合いの印象だったが、同じ「カフェ」というテーマで8年後に描かれた《カフェ・オリエント》などは全く様相が異なる。白をベースにし、波のように踊る軽やかな筆で描かれた絵は、ただ明るい優しさに包まれていて美しく、個人的に大好きな一枚だった。まさに抽象画という感じの《銀座風景》は、町並みが白やオレンジ、黄色など力強い線で描かれ、銀座の華やかさを表している。これも前を離れることができないような、非常に魅力的な一枚だった。

描かれることで輝きを増す絶妙な人物描写
 「夏」というタイトルながら木枯らしでも吹いていそうなもの悲しさも感じる《夏の遊園地》は、利行のみなぎるエネルギーが画面のそこここから感じられ、地面まで波のようなうねりを帯びる。構図なども含め、全体としてまとまっているという印象を受ける。
 90.9センチ×116.7センチの《水泳場》は、チラシや図録に使われているだけあって、やはり見応えがある。飛び込みに注目する人々の期待や楽しさが伝わってきて、青のほか、黄色や白、緑が織り交ぜられた空も躍動する。関東大震災からの復興事業の一環として、東京市が隅田公園に作ったプールを描いたもの。図録によると、画家・田中陽のアトリエで描いたというが、非常に臨場感があり驚く。隣に並ぶ《地下鉄ストアー》も黄色やオレンジなど明るい色合いに直径20メートルという大時計の姿が、どこかほっとするようなかわいらしさだ。
 
 利行の絵は、人物が描かれる絵とそうではない絵のそれぞれのよさを見事に描き出していると思う。カフェや水泳場に集う人々の描写が、まさに一場面を切り取ったような、ざわつきや空気感までも伝わってくるような効果をもたらす。一方で、人物が存在しない《カフェの入口》や《銀座風景》も絵画として、見ていてとても楽しい。そう書いて改めていくつかの絵を見直してみると、やはり建物などがメインでありながら描かれる人物の描写は絶妙だなと感じた。
 
 他と少し雰囲気が異なるのが《花》。赤い花が花瓶にいけられているシンプルな構図がかわいい。《静物》や《硝子器にりんご》なども穏やかな雰囲気が通じる。花を描いたものは他に《菊花など》や《パンジー》があり、画面全体を使って大胆に力強く描いたこの2点の方が、他の作品との共通点を感じる。《菊花など》の上から花を覗き込むような構図もいい。やっぱり花は私の一番といっていい、大好きなモチーフ。

個性的かつ魅力的な肖像画の数々
 肖像画の描き方もまた個性的だ。顔に緑や黄、青、緑、茶色など、多彩な色が塗られ、抽象画のようであるが、顔のつくりなどはしっかりと描かれ、モデルとなった人物の風貌や表情が見て取れる。顔や服など人物の色と、背景の色が呼応し調和しているのも画全体の完成度を高めている。

 私が肖像画で一番魅かれたのは、16歳年下の画家を描いた《靉光像》。油彩ながら水彩のように淡く複雑な色合いの背景に、白をベースとしながら青や黄、赤などが配され、哀愁漂うような表情がなんとも雰囲気がある。本展図録によると、井上長三郎の「リベラリスト長谷川利行」に「30分くらいで描いた」と書かれているというが、この絵を30分で描くなんて相当な才能だと驚愕する。利行の最大の理解者・矢野文夫の肖像画も興味深い。繊細な色合いの筆が、利行の矢野氏へのあふれる思いを乗せて風のようにたなびき、矢野を包みこんでいる。

 女性の装いもモダンな《婦人像》もいい。「本展の直前に発見された新出作品」という《白い背景の人物》は、顔や体の輪郭線が背景の線描と混ざり合う。「何を描いているのかわからない」という批評が頭をかすめながら、隠し絵の「見つける喜び」のようなワクワク感を感じながら、絵を全身で感じ取る。
 
利行にとって最も適した「ガラス絵」
 この展覧会で、私は「ガラス絵」というものを初めて見て驚いた。ガラス絵は透明なガラス版の裏面に絵の具で描き、反対の面からガラスを通して鑑賞する絵画のことで、日本では江戸時代後期から明治前期にかけて浮世絵風のガラス絵が流行したという。本展図録では、「瞬間を活かす目と手を持つ利行にとって最も適した素材」であったと評している。
 10センチ前後の小さいものも素敵だが、《荒川風景》などの大きなものは前面に押し寄せて来る透明感を含んだ美しさがある。ガラス絵にも油彩にも、力士をモチーフに描かれている作品があるが、2つの巨体が重なる取り組みの様子はどこか愛らしい。《双葉山土俵入》は、塩をまいた瞬間のような躍動感あふれるポーズが、赤やピンクなど色鮮やかに描かれ、見るものを引きつける。どちらも力士の意外な一面をとらえたような表現だと感じた。

 この展覧会で利行の数々の傑作、代表作に出合うことができ、その魅力に圧倒された。「好きな画家」がまた一人、増えた。(文中、敬称略)



(写真1)《酒売場》(油彩、カンヴァス、1927年、愛知県美術館蔵)



(写真2)会場風景。
左から
《水泳場》(1932年、板橋区立美術館蔵)、
《地下鉄ストアー》(1932年、東京地下鉄株式会社蔵)、
《矢野文夫氏肖像》(1933年、個人蔵)以上全て油彩、
カンヴァス



(写真3)《カフェーオリエント》
(1935年、油彩、カンヴァス、福島県立美術館蔵<河野保雄コレクション>)



(写真4)《銀座風景》
(1935年、油彩、板、個人蔵)



(写真5)《荒川風景》
(1935年、油彩、ガラス、個人蔵)



(写真6)会場風景


※画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。


(参考文献)
・本展図録 執筆=原田光、堀宜雄、小林真結、土生和彦、森山秀子、森智志、江尻潔、発行=INDEPENDENT、2018年
・「アウトローと呼ばれた画家ー評伝 長谷川利行」著者=田和正、発行=小学館、2000年

執筆・写真:堀内まりえ

【展覧会情報】
府中市美術館「長谷川利行展 七色の東京」
2018年5月19日~7月8日
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/kikakuten/kikakuitiran/hasekawatoshiyuki.html