芸術広場芸術広場

「クールベと海:フランス近代 自然へのまなざし」展——ミレーの美術館、山梨県立美術館にて

2020年10月8日

■レアリスムの旗手クールベの描く「海」に焦点をあてた展覧会
 海のない山梨県甲府市の山梨県立美術館で、「海」に焦点をあてた展覧会が開催されている。中心となるのは、19世紀フランスのレアリスム(写実主義)を代表する画家ギュスターヴ・クールベ(1819-1877年)の風景画だ。スイスとの国境近く、やはり海のない地域で生まれ育ったクールベが、初めて海を見たのは22歳頃のこと。「ついに海を見ました(これは谷の住民にとって奇妙なものです)」という感動の言葉を両親宛ての手紙に書いたというが、当初はその奇妙な海をつきつめて描くことはなかった。
 だが、その20数年後の1860年代後半からは、海の風景画を100点以上も精力的に制作。「見えない天使は描かない」と語ったというクールベは、神話や宗教、歴史を主題とする絵画を重視する伝統に反発し、自らの目で見た現代のあるがままの現実を描くことで人々に衝撃を与えた画家だが、海をはじめとする自然をとらえた風景画は一般にも好評で、収集家にも愛されたという。この展覧会は、そんなクールベに先行する画家や同時代の画家たちの作品も加え、約70点の絵画によってクールベの独創性と同時代性に光をあてるもの。政治面で急進的だったこともあり、スキャンダラスな面も強調されるクールベだが、個々の作品や他の画家の作品と見比べながら、その独特の魅力を実感できる機会となるだろう。


01 山梨県立美術館外観
02 クールベ展入り口
 

■自国の海の今の風景を新たな表現で
 クールベの独創性のひとつは、最初の展示室〈クールベ以前の海—畏怖からピクチャレスクへ—〉と、これに続く〈クールベの海—「奇妙なもの」として—〉に並ぶ作品を比べることで顕著に感じられる。18世紀、とりわけ英国では、大海原を目の当たりにして感じる畏怖から湧きおこる高揚感を崇高なものとしてとらえ、絵になる(ピクチャレスクな)風景を探し求める旅行が流行し、これがフランスにも影響を及ぼしたという。自然の力に翻弄される難破船や人々を劇的に描いたヴェルネの海景画や、ピクチャレスクな廃墟をモチーフとしたウィルソンのイタリア風景がその一例だ。こうした物語性をもった海景画や、風光明媚な憧れの地イタリアを描いた情景とは異なり、クールベはフランス北西部のノルマンディー地方を度々訪れて、自らの国で自らが目にした現実の海と空を主題に選んだ点で先駆的だったのだという。
 そして、もうひとつの先駆けは、絵を描く際にパレットナイフを使い始めたこと。伝統的な絵画は、筆触を残すことなく表面を滑らかに仕上げるものだったし、パレットナイフ自体はパレットの上で絵の具を混色したり、残った絵の具を除去したりするための道具だった。ところがパレットナイフを用いて直に画面に絵の具をのせていくと、綿密に調色されていない鮮烈な色彩が勢いのあるストロークで、あるいは変化に富んだ凹凸をもって厚く画面に現れることになる。うねり盛り上がる波や、砕け散り、しぶきをあげる白波の一瞬の様相をとらえた迫力ある物質感は圧倒的なもので、後の画家たちに大きな影響を及ぼした。そうした変化に富んだ作品をたくさん間近に見られるのも、今回の展覧会の楽しみのひとつだ。


03 クールベ以前に海を描いた作品——ヴェルネ 《嵐の海》とウィルソン《キケロの別荘》
04 ノルマンディー地方の海を描いたクールベの様々な作品が並ぶ展示室
05 クールベ《嵐の海》1865年 山梨県立美術館蔵
06 クールベ《エトルタ海岸、夕日》1869年 新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵
07 クールベ《波》1870年 オルレアン美術館蔵
 

■印象派やバルビゾン派、同時代の画家たちの作品も
 同時代の画家との関わりが明確にうかがえるのは、〈クールベと同時代の海—身近な存在として—〉の章だ。19世紀は、海水浴が治療として奨励されたり、海辺がリゾート地として開発されたり、さらには鉄道の発達で庶民に身近な余暇地となったりと、海の役割は変化した。鉄道でパリから容易に出かけられるようになったノルマンディー地方の海に魅了された点では、クールベが、同じく海辺の絵を描いたブーダンやモネなどと近しかったことがよくわかる。
 この展示室の楽しいところは、そんな時代の雰囲気を感じさせてくれるように、リゾート地のにぎやかなポスターや当時の男女の水着などの展示もあることだ。だが、浜辺に集う人々を描いた他の画家と比べると、人物を描き入れず、海と海岸、そして空のみを切り取ったクールベはやはり独特の視点をもっていた。とはいえ、その海と空の様相に焦点をあて、天候や時間を変えて繰り返し描いたクールベの試みは、後の印象派の画家モネの名高い「連作」の着想につながるようにも見えてくる。
 〈クールベと自然—地方の独立—〉と〈クールベと動物—抗う野生—〉の章もまた、同時代の画家との対比に光をあてる。故郷の自然を好んで描いたクールベは、パリから60キロほど離れたフォンテーヌブローの森の風景や隣接するバルビゾン村の情景を写実的に描いたバルビゾン派と同時代に生きた。だが、地方の自然と真摯に向き合った点は共通するものの、描く対象の選び方には異なる面があるという。バルビゾン派が牛や羊といった家畜を選び、農民や牧人の営みを表したのに対し、クールベは鹿などの野生動物を主題としたのだ。故郷の山間の自然を愛したクールベは、大の狩猟好きでも知られ、毎年秋には地元に戻って狩りを楽しんだ。紅葉する森の中、あるいはパレットナイフで鮮烈に表された雪原に登場するクールベの野生動物は、人間の支配に闘いを挑み、自然に抗い、ときに同じ仲間うちでも闘い合っている。荒々しくも生命力と力強さに満ちたその姿は、穏やかさが強調された家畜の描写と対比させて見ると、またいっそう印象深く感じられるだろう。


08 19世紀末~20世紀初頭の水着。左は男性用。右2点は、肌の露出を極力さけたワンピース風の女性用。実際にはブラウスとスカート、その下に水着のパンツというスリーピースになっている。左壁に見えるのは、ブーダンの《ブレスト、停泊地》とリゾート客を描いた《浜辺にて》。
09 クールベ《波》1869年 愛媛県美術館蔵
10 クールベ《波》1870年 個人蔵
11 モネ《サン=タドレスの海岸》1864年 栃木県立美術館蔵/モネ《アンティーブ岬》1888年 愛媛県美術館蔵
12 クールベ《セイ=アン=バレーの水車小屋》1858年 島根県立美術館蔵
 故郷オルナン近郊の水辺と山上の城館を描いたみずみずしい作品。
13 クールベ《雪の中の鹿のたたかい》1868年頃 ひろしま美術館蔵
14 牛を描いたトロワイヨンの《近づく嵐》など、バルビゾン派の作品群。手前の彫刻は、バリー《ライオンと蛇》。
 

■特別展のあとは、コレクション展と山梨県立文学館へ
 クールベ展を堪能したあとは、ぜひコレクション展を鑑賞したい。山梨県立美術館は、1978年の開館時にバルビゾン派を代表する画家ミレーの名作《種をまく人》を購入して大きな話題を集めたことで知られる。その後も着々と作品を増やし続け、2009年には落ち着いた雰囲気で作品を楽しめる「ミレー館」を新設。《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》や《鶏に餌をやる女》など農村の生活を描いた情趣あふれる作品をはじめ、妻を描いた肖像画や風俗画、風景画、宗教画、神話画など、ミレーの様々なジャンルの作品が一望できる。開館40周年を記念した最新の収蔵作品は、空の色彩の美しい《角笛を吹く牛飼い》。クールベの収蔵品も通常はミレー館に展示されることが多いが、今回は、クールベの妹をモデルとしたトマ・クチュールの肖像画《ゼリ・クールベの肖像》などもこの展示室で見ることができる。
 また、庭園の向かいに建つ山梨県立文学館では、「まるごと林真理子展」が開催されている。山梨県で書店を営む家庭に育ち、コピーライターから小説家となって精力的に書籍やエッセイを発表し続ける林真理子氏の作家としての軌跡をたどる初の展覧会だ。1982年の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』以来、数々のベストセラーを世に出してきた人気作家だけに、書籍の表紙をたどっていくだけでも懐かしさがこみ上げてくる読者も多いだろう。とりわけ驚くのは、多作の著者が今も原稿用紙で執筆されていること。大作の手書きの原稿用紙が積み上げられた様はまさに圧巻だ。コピーを添えた作者自筆のイラストも愛らしく、展示室の最後には、真理子先生の等身大の立て看板とともに記念撮影ができるコーナーもある。文学館の展示は一般に文字情報の多い印象があるが、今回は視覚的な楽しみも大きい展覧会となっている。


15 「ミレー館」展示室風景。右端がミレーの代表作のひとつ《種をまく人》。
16 2018年に購入したミレーの《角笛を吹く牛飼い》は、同館が所蔵する70点目のミレー作品となった。
17 山梨県立文学館外観
18 「まるごと林真理子展」展示風景
19 書籍やエッセイ集で執筆の軌跡を追うだけでなく、幅広い活動ぶりが写真やパネルで紹介されている。
20 2018年にNHKの大河ドラマの原作となった『西郷どん!』の展示コーナー。このような手書きの原稿用紙の山が会場の随所に見られる。
21 愛用のドレス。壁面には、日本文化の広がりと深まりを目的として、各地でオープンカレッジなども開催している「エンジン01文化戦略会議」のポスターが並ぶ。
22 展示最後の記念撮影コーナー
 
 

文・写真 中山ゆかり
(掲載写真は、山梨県立美術館と山梨県立文学館の許可をいただき、特別に撮影させていただきました。)
参考 『クールベと海:フランス近代 自然へのまなざし』展覧会図録

「クールベと海 フランス近代 自然へのまなざし」展
会期:2020年9月11日(金)-2020年11月3日(火・祝) 
休館日:月曜日(9月21日・11月2日を除く)、9月23日(水)
会場:山梨県立美術館
料金:一般1,000円、大学生500円、高校生以下無料
公式サイト: https://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/exhibition/2020/01/post-79.html

「まるごと林真理子展」
会期:2020年9月11日(金)-2020年11月23日(月・祝) 
休館日:月曜日(9月21日・11月2日、11月23日を除く)、9月23日(水)、11月4日(水)
会場:山梨県立文学館
料金:一般600円、大学生400円、高校生以下無料
公式サイト: https://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/exhibition/2020/01/post-55.html