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ボストン美術館の至宝展 
― 東西の名品、珠玉のコレクション

《九龍図巻》、《涅槃図》、ルーラン夫妻の肖像画。
傑作の数々とコレクターたちの物語。東京都美術館にて10月9日迄。
神戸市立博物館、名古屋ボストン美術館に巡回。

 ■多岐にわたる傑作群/ボストニアンたちの収集への情熱
 アメリカのマサチューセッツにあるボストン美術館は1870年に設立され、1876年7月4日に開館。現在約50万点の作品を所蔵する。全てが個人コレクターや寄贈者らの貢献により収集された。そのうちの選りすぐりの傑作80点を紹介する展覧会が開かれている。出品作品は古代エジプト美術から中国美術、日本の美術、ミレー、モネ、ゴッホらの19世紀フランス絵画、またサージェントやオキーフらの19~20世紀のアメリカ絵画、そして版画・写真、ウォーホルや村上隆らの現代美術、と多岐にわたる。加えて本展は、ボストニアン(ボストンに所縁の人)を中心とするコレクターたちに焦点を当てているのが特徴だ。

 展覧会は、明快な重層的構成で成り立つ。よって、時代や地域ごとに作品を辿りながら、世界の美術の全体像に触れ、同時に作品がボストン美術館に所蔵された経緯や、コレクターや寄贈者たちの美術への熱い思いを知ることができる。東京都美術館で10月9日まで開催。その後、神戸市立博物館、名古屋ボストン美術館に巡回する。

 ■展覧会構成
 全体はコレクターに光を当てつつ、ボストン美術館のコレクションが七つの分類で組み立てられている。
 I 異国を旅したボストニアンたち(1古代エジプト美術/2中国美術/3日本美術)、Ⅱ 「グランド・ツアー」―ヨーロッパ美術を集めたボストニアンたち(4フランス絵画)、Ⅲ アメリカン・ドリーム―自国の美術を収集するボストニアンたち(5アメリカ絵画)、Ⅳ 同時代の美術へ―未来に向かう美術館(6版画・写真/7現代美術)

 ■中国美術から:陳容《九龍図巻》
 中国美術では北宋、南宋の逸品が揃う。なかでも陳容(中国、13世紀前期)による水墨画の《九龍図巻》(南宋、淳祐4年〈1244〉、1巻、紙本墨画淡彩、ボストン美術館)(※以下、所蔵先は同じ。略す)は、ボストン美術館の至宝中の至宝であろう。10m近くの長さの巻物に9匹の龍の姿を描写する卓越の筆致に、息をのんだ。龍が峡谷から現れ、雲間を飛翔し、断崖に自信の鱗をこすりつける。そして玉を握って振り向く。老若の2匹が対峙し、また別の龍は逆巻く波間から身体を覗かせる。躍動する龍は豪壮で超越した気高さをもつ。雲も渦巻き、水流も大きく波頭を立て、作品全体が生動感にあふれる。龍を取り巻く柔らかな雲や堅固な岩の表現も見事である。

 陳容は達筆なる跋文を付し、《九龍図巻》の制作時の状況や作品解説に加えて、自ら作品への称賛も記している。彼は宋の時代に活躍した文人画家、つまり官吏で学者でもあった画家の一人で、詩文にも優れ、書家でもあった。龍は日本でも馴染み深いが、古代中国に起源をもつ想像上の霊獣。雨を支配し、空の雲と海中に住むとされた。中国で唐末より水墨画に描かれるようになり、陳容は南宋時代の画龍の専門画家として名を馳せた。龍の図像は、絶対権力をもつ天子の象徴として朝廷関係の建築や皇帝の衣服や器物に限って使用されるようになる。

 この《九龍図巻》は、1917年にフランシス・ガードナー・カーティス基金によりボストン美術館に購入された。フランシス・ガードナー・カーティス(1868~1915年)は、ボストン美術館の中国・美術部に携わり、管理者としても力を尽くした。死後、財産を遺贈し、東洋美術の優品購入を目的とする基金が設立された。

 なお、日本美術の近代化に尽くした岡倉天心(覚三)(1863~1913年)は、1904年にボストン美術館東洋部顧問に就任し、混乱時の中国や日本の作品収集のための中国日本特別基金の設立を嘆願した。馬遠(中国、1190~1235年)や夏珪(中国、12世紀後期~13世紀初期)の団扇絵が本展に出品されているが、中国日本特別基金で購入されたものである。

 ■日本美術から:英一蝶≪涅槃図≫
 江戸時代の絵師・英一蝶(はなぶさいっちょう)(日本、1652~1724年)の《涅槃図》(正徳3年〈1713〉、1幅、紙本着色)は、縦286.8×横168.5cmの画面。表具を含めると縦5m近くの巨大な作品だ。鮮やかな色彩も目を引く。仏教絵画の傑作だ。満月の浮かぶ空のもと、宝台に入滅した釈迦が横たわり、集まった大勢の弟子や動物たちが嘆き悲しんでいる。会場では作品細部を至近距離から見られるのが嬉しい。弟子たちは表情豊かだ。動物も蜻蛉や蝸牛まで小さな生き物も緻密に描写され、猿の親子やつがいの鳥も微笑ましい。ユーモラスな要素も多い。上方では釈迦の母である魔耶夫人の一行が、釈迦の十大弟子である阿那律に率いられて白雲に乗って駆けつけている。母の悲痛な思いが伝わる。天人たちの華麗さも印象的深い。

 釈迦の入滅に悲嘆する場面の造形としては、有名な法隆寺五重塔の塑像の涅槃変相が日本で最古のものである。奈良時代末、釈迦の命日に寺院で涅槃会が執り行われるようになり、涅槃会に掲げる涅槃図が描かれるようになった。英一蝶の《涅槃図》は、ユーモアや華やぎをも包含し、独特の境地にある。彼は江戸の風俗を軽妙洒脱な筆致で溌剌と描いたことで知られるが、異端の絵師だった。京都に生れたが江戸に下り、狩野安信に師事したものの破門される。俳諧に長じ浮世絵に傾倒し、幇間(太鼓もち)でもあった。1698年幕府の怒りに触れ、11年間三宅島に配流となる。本作は配流時の経験を踏まえたといわれる。

 この作品は1850年(寛永3年)から明治初年まで、青松寺(東京都港区愛宕)塔頭の吟窓院に伝来。その後アーネスト・フランシスコ・フェノロサ(1853~1908年)が入手したとされ、1911年にフェノロサ=ウェルド・コレクションとしてボストン美術館に収蔵された。フェノロサは1878年に東京大学で哲学などを講ずるために来日し、動物学者エドワード・シルヴェスター・モース(1838~1925年)、ボストンの医師ウィリアム・スタージス・ビゲロー(1850~1926年)や岡倉天心らと日本を廻り、1000点超の日本美術コレクションを築いた。一方、ボストンの医師で大富豪だったチャールズ・ゴダード・ウェルド(1857~1911年)は、旅行中に日本でフェノロサらと合流し、優れた収集を行った。フェノロサが収集した作品も購入し、併せてボストン美術館に遺贈した。英一蝶の《涅槃図》はボストン美術館で約25年前に一度だけ公開された「幻の巨大涅槃図」だったが、本展を機に約170年振りの大修復が1年ほどかけて行われた。会場では修復の様子も紹介されている。

 ■フランス絵画から:ドガ/ゴッホ
 ●エドガー・ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》 フランス絵画のなかでも、エドガー・ドガ(フランス、1834~1917年)の《腕を組んだバレエの踊り子》(1872年頃、油彩・カンヴァス)は、とりわけ心に残った。朱色と白色を大胆なタッチで塗り分けた背景に、対角線の右側に両腕を組むバレリーナの上半身が配され、力強い太い輪郭線がその姿を創り上げる。制作の過程も推測できるようだ。ドガが亡くなった際にアトリエに残されていた未完成の作品である。本作は、1948年にジョン・テイラー・スポルディングの遺贈としてボストン美術館に入った。ジョン・テイラー・スポルディング(1870~1948年)は兄ウィリアムとともにボストンの名家の出身。兄弟は6000点を超す卓越した日本の浮世絵版画コレクションを築き上げた。続けて見事な近代フランス絵画を収集してゆく。その端緒が本作であった。

 ●フィンセント・ファン・ゴッホのルーラン夫妻肖像画が揃う フィンセント・ファン・ゴッホ(オランダ〈フランスで活動〉、1853~90年)の《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》(1888年、油彩・カンヴァス)と《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》(1889年、油彩・カンヴァス)の二つの肖像画を前にすると、画面から踊り出てくるような鮮やかな色彩と造形力に圧倒される。ゴッホが1888年2月にパリから移った南仏のアルルで、最も親しく交流した夫妻だ。夫は空色の、夫人は花の絵柄で装飾された背景の前で椅子に腰掛けている。ルーラン夫妻はゴッホの良いモデルであり、本作を含めて夫は6点、妻は5点の肖像画が残る。ゴッホは彼らの子供たちも描いた。ゴッホが心を許して付き合った家族だった。どんな会話を交わしながら制作したのだろう。ルーラン夫人の肖像画は、上記のドガ作品と同様に1948年のジョン・テイラー・スポルディングの遺贈によりボストン美術館に収蔵された。また、《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》は、1935年にロバート・トリート・ペイン2世の寄贈によって同美術館のコレクションとなった作品だ。弁護士で実業家であったロバート・トリート・ペイン2世(1861~1943年)は、長年ボストン美術館理事を務め、中世のタピスリーや巨匠の素描からポスト印象派の絵画まで広く名品を収集した人物だ。

 本展では一つの作品を多面的に楽しめるだろう。また、同じモチーフ、例えば水の表現などを中国、日本、西欧の絵画で比較することなども面白い。是非じっくりとご覧ください。

【参考文献】
1) ボストン美術館・東京都美術館・神戸市立博物館・名古屋ボストン美術館・朝日新聞社=編集・構成:『ボストン美術館の至宝展―東西の名品、珠玉のコレクション 』、朝日新聞社=発行、2017年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2017年9月)

※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。
20170929001
写真1 東京の会場風景。
手前は、陳容《九龍図巻》、南宋、1244年、1巻、紙本墨画淡彩、ボストン美術館。
奥は、曾我蕭白《風仙図屏風》、1764年頃、6曲1隻、紙本墨画、ボストン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真2 東京の会場風景。
英一蝶《涅槃図》、1713年、1幅、紙本着色、ボストン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真3 東京の会場風景。
エドガー・ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》、1872年頃、
油彩・カンヴァス、ボストン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20170929004
写真4 東京の会場風景。
左から、フィンセント・ファン・ゴッホ《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》、
1888年、油彩・カンヴァス、ボストン美術館。
フィンセント・ファン・ゴッホ《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》、
1889年、油彩・カンヴァス、ボストン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会名】
ボストン美術館の至宝展 ― 東西の名品、珠玉のコレクション
Great Collectors:
Masterpieces from the Museum of Fine Arts, Boston
【会期・会場】
2017年7月20日~10月9日 東京都美術館
電話:03-5777-8600(ハローダイヤル) 
2017年10月28日~2018年2月4日 神戸市立博物館
電話:078-391-0035
2018年2月18日~7月1日 名古屋ボストン美術館
電話:052-684-0101
[展覧会詳細] http://boston2017-18.jp/


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