芸術広場|Office I Ikegami blog

ボイマンス美術館所蔵 
ブリューゲル「バベルの塔」展 
16世紀ネーデルラントの至宝 
― ボスを超えて ―

「バベルの塔」の圧倒的な存在感。絶妙な展覧会構成。
東京都美術館で7月2日まで開催。大阪の国立国際美術館に巡回。

 本展覧会は24年振りに来日したブリューゲル作「バベルの塔」を中心に、オランダのロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館所蔵の89作品を紹介するものだ。ブリューゲルの代表作やボスの作品に圧倒されるとともに、15世紀末から16世紀のネーデルラント美術の流れをたどりながら「バベルの塔」に至るという説得力のある展覧会構成に感銘を受けた。東京都美術館で7月2日まで開催中。その後、大阪の国立国際美術館に巡回する。

 ■展覧会構成
 展覧会は、以下の八つの章で構成される。
 I 16世紀ネーデルラントの彫刻/Ⅱ 信仰に仕えて/Ⅲ ホラント地方の美術/Ⅳ 新たな画題へ/Ⅴ 奇想の画家ヒエロニムス・ボス/Ⅵ ボスのように描く/Ⅶ ブリューゲルの版画/Ⅷ 「バベルの塔」へ

 ■15世紀末から16世紀のネーデルラントの宗教美術
 絵画ばかりを予想して東京会場に足を踏み入れたら、木彫彫刻群が並んでいる。うれしい驚きだった。高さ約74cmの4体は、初期キリスト教会で最も権威のある神学者たち。《四大ラテン教父:聖アウグスティヌス、聖アンブロシウス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス》(1480年頃、オーク材、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館所蔵)(※以下、出品作品は全て同館所蔵。以下、略)である。作者不詳が多い木彫だが、本作はアルント・ファン・ズヴォレ作とされる。写実的な表情や長い法衣の襞を巧みに表現。美しい彩色が残る木彫も出品されている。いずれも木の素材の温かみが感じられ、訴えるものが強い。

 宗教画が続く。ディーリク・バウツがキリストの真正面の絵姿を描いた祈念画《キリストの頭部》(1470年頃、油彩・板)は小型ながら、真っ直ぐな視線が心に届く。赤い衣服の襟元の宝石や刺繍は克明に描写される。この地域の画家の得意技だ。一世紀以上イタリアやスペインでも手本にされた作品だ。また、「枝葉の刺繍の画家」による《聖カタリナ》《聖バルバラ》(ともに、1500年頃、油彩・板、★寄託)は華麗な作品。聖人である女性たちの優雅な佇まいや豪華な衣裳、また背景の樹木や建造物を豊かな色彩で細密に、滑らかな筆致で描く。もと三連祭壇画だったが分離され、さらに画面上下も切断されたと知ると痛ましい思いがする。ネーデルラントでは、キリスト教の教えを伝えるための聖書や聖人を主題とする美術が、宗教改革以後の偶像破壊や戦争などにより大きな痛手を被った。

 ■ヨアヒム・パティニールの風景画/絵画の新領域へ
 《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》(1520年頃、油彩・板、★寄託)は、最初の風景画家といわれるヨアヒム・パティニール(1480頃~1524年)による作品である。暗い夜空を焦がす鮮やかな赤色の炎や爆発するような形態の岩山が、観る者に迫りくる。旧約聖書「創世記」にあるロトの物語を描きながら、人物たちは極小サイズとなり、風景が画面の主体に転じている。パティニール作《牧草を食べるロバのいる風景》(1520年頃、油彩・板)は、青や緑の色彩が心に浸みる。ドイツ・ルネサンスの画家アルブレヒト・デューラー(1471~1528年)はパティニールを「優れた風景画家」と称賛し敬愛した。宗教改革以後、プロテスタントの国となったネーデルラントでは、宗教画中のモティーフを主題とする風景画、風俗画、静物画などの新しい領域を生み出すことで、美術を見事に生き延びさせた。以前より描かれていた肖像画も人気が増大した。

 ■ヒエロニムス・ボスの作品
 さて、時代が少し戻る。本展では、西洋美術のなかでも最も独創的な画家といわれるヒエロニムス・ボス(1450頃~1516年)もブリューゲルとともに詳細に紹介する。ボスは、ネーデルラントで活躍し、スペイン王フェリペ2世らにより作品が蒐集された。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)と同時代の画家だ。ボスは宗教改革の1年前に没するが、死後1世紀は生前と同様に絶大な人気を博した。また20世紀になってシュルレアリストにより再発見される。現存作品は少なく、油彩画25点と素描10点ほど。本展で出品されている油彩画2点は日本初公開だ。

 ボスの油彩画《聖クリストフォロス》(1500年頃、油彩・板)は、縦が1mを超す大作だ。水辺の風景を背景に巨人が少年を背負って川を渡る姿を描く。二人の存在感と背景のバランスよい構図や、大男が翻す衣のピンク色や山並みと空の青色の鮮やかな色彩が、まず目に飛び込む。思いがけない重さに驚く大男に対してキリストである少年は、彼の背負う重荷は全世界の重さだと打ち明ける。本作は宗教的な逸話を表わしたもので、大男のもつ杖に生えた葉や吊るされた血のついた魚は、少年がキリストであることを示す。ところが近寄って眺めると、あちこちに奇妙なものが見えてくる。右奥をたどると、樹上にある壺型の家、内部の人、その上の物体、頂上の蜂の巣らしきもの、それに向かって昇る人などだ。左側では胸を刺された熊が木に吊るされ、水辺に怪物と逃げる人がいる。宗教主題を描きながら、自在な発想が不思議な世界を創りだしている。一方、《放浪者(行商人》(1500年頃、油彩・板)は日常生活を描いているようだが、真の意味は解明されていない。

 ■驚くべきボス風版画の広がり/ブリューゲルの版画へ 
 会場には、作者不詳の「ヒエロニムス・ボスの模倣」との版画のエングレーヴィングが多数出品。宗教主題とする画面に異形の怪物たちが所狭しに活動する。ボスのアイデアや描かれた奇怪な生き物たちが、これほど熱狂的に好まれていたとは。ボスの影響力の大きさに驚嘆した。版元ヒエロニムス・コックの主導で、これらの版画が制作された。

 ボスの約70年後に生れたピーテル・ブリューゲル1世(1526/1530頃~1569年)の版画群も、この流行のなかに生まれ、変容が加えられていく。諺を絵画化した《大きな魚は小さな魚を食う》(1557年、エングレーヴィング)では魚が歩き、空を飛ぶ。《聖アントニウスの誘惑》(1556年、エングレーヴィング)などでは奇人と怪物たちがうごめく。まさにボス風世界だ。しかしボスに比べるとブリューゲルの版画は滑稽味を増すようだ。後に日常生活も主題にするようになる。ブリューゲルは若くしてアントウェルペンで画家の親方となったのち、イタリアに数年滞在した。1554年の帰国後は版画作品を多く手がけ、「ボスの再来」と称えられる。そして1563年、ブリュッセルに居を移し、短い生涯の晩年は宗教や農民の情景を描いた油彩画の傑作を世に残した。

 ■ピーテル・ブリューゲル1世《バベルの塔》
 《バベルの塔》(1568年頃、油彩・板)は、ピーテル・ブリューゲル1世がブリュッセルで描いた宗教的歴史画ともいうべき作品だ。縦約60×横約75cmの画面。なにより天を突く螺旋状の建造物の圧倒的なヴォリウムが際立つ。そして透明な空気が感じられる。海や空や雲の青色と、塔上部の赤煉瓦の色の対比の美。目を凝らすと、塔の建設に関わる極小サイズの大勢の人々が見事に描かれている。港に浮かぶ船や田園風景も克明に描写。名人技としかいいようがない。画面全体が躍動している。ブリューゲルがそれまで研鑽を積んだ全てをぶつけたのであろう。一筆一筆に込めた画家の情熱が伝わってくる。

 本展の学術監修をなさった高橋達史先生は、本展図録にて、「「マクロとミクロ」の統合、すなわち巨視的な視点に基づく大胆かつ明快な構図とディテールにおける驚嘆すべき細密描写の全く無理のない両立」と評しておられる。

 本作は、高い塔を建てようとした人間たちに怒った神が、人間に異なる言語を与えることで塔の建設を中断させたとの「旧約聖書」創世記の物語を表す。しかし混乱を描くのではなく、人間たちの労働や生活を活写する。様々に読み取れ、現代の我々に大きな問いかけをしているようにも思える。なお、ブリューゲルは生涯で「バベルの塔」を3作描き、うち2点が現存。1563年に最初に制作されたウィーン美術史美術館所蔵作品と本作とはサイズも図柄も異なる。2018年、同館でこれら二つの《バベルの塔》が史上初めて並ぶそうである。

 充実した豊かな内容の本展。できれば単眼鏡を持参して、時間を充分にとってお楽しみください。(展覧会図録に「バベルの塔」の現物大複製が付録として付いています。)


【参考文献】
1) ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館、東京都美術館、国立国際美術館、朝日新聞社=編集:『ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルラントの至宝 ―ボスを超えて― 』朝日新聞社=発行、2017年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi)
(2017年6月)

 

※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。


20170622_001
写真1 東京の会場風景。
ピーテル・ブリューゲル1世、《バベルの塔》、
1568年頃、油彩・板、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

 

20170622_002
写真2 東京の会場風景。
アルント・ファン・ズヴォレ?、
左から、《四大ラテン教父》のうち、
《聖アウグスティヌス》《聖アンブロシウス》、1480年頃、
オーク材、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

 

20170622_003
写真3 東京の会場風景。
左から、枝葉の刺繍の画家、《聖カタリナ》《聖バルバラ》、ともに、1500年頃、
油彩・板、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館に寄託。
(撮影:I.HOSOKAWA)
20170622_004
写真4 左から、ヨアヒム・パティニール、
《ソドムとゴモラの滅亡がある風景》、1520年頃、
油彩・板、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館に寄託。
ヨアヒム・パティニール、《牧草を食べるロバのいる風景》、1520年頃、
油彩・板、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館。

 

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写真5 東京の会場風景。
ヒエロニムス・ボス、《聖クリストフォロス》、1500年頃、
油彩・板、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館。(撮影:I.HOSOKAWA)

20170622_006
写真6 東京の会場風景。
左は、ピーテル・ブリューゲル1世、《冥府に下るキリスト》、
1561年、エングレーヴィング、ボイマンス・ファン・ベー二ンゲン美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

 

【展覧会英語表記】
Collection of Museum Boijmans Van Beuningen
Bruegel‛s “The Tower of Babel”and Great 16 th Century Masters
【会期・会場】
[東京]
2017年4 月18日~7月2日 東京都美術館
電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
詳細:http://babel2017.jp/
[大阪]
2017年7月18日~10月15日 国立国際美術館
電話:06-6447-4680(代)


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