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六本木開館10周年記念 絵巻マニア列伝

絵巻への限りない情熱。斬新な切り口で知る絵巻の魅力。
サントリー美術館で5月14日迄。

  ■掌中の芸術である絵巻。あふれる絵巻愛。
  絵巻を実際に手にとって見るというのは、なかなか経験できない。しかし絵巻は本来、手の中で見て身近に体験する芸術だ。絵巻はまず肩の幅くらいに開いて持ち、右から左の方向に美しく書された詞書(ことばがき)を読み、次に絵を見る。そして両手を動かし絵巻を巻き、新しい場面に移る。そのことを何回も繰り返し、物語と絵の融合を味わうのである。絵巻は本の形の冊子本に対して、巻子本(かんすぼん)と呼ばれる巻物の形態。そして一点ものだ。中国から伝わった絵巻は、日本で古代から中世に独自に発展を遂げ、掌中で楽しむ文学と美術の総合芸術として人々を魅了した。絵巻の主題は説話、物語、高僧の伝記、寺社の縁起や霊験などである。

  現在、サントリー美術館で開催中の展覧会「絵巻マニア列伝」は、この絵巻の魅力を、歴史上で突出した絵巻愛好家に注目するという斬新な視点により、受容や制作背景も含めて多角的に紹介する。多くの傑作絵巻が出展され、歴史資料も充実。12世紀の後白河院をはじめとする絵巻マニアたちの絵巻への限りない情熱が、本展を企画した上野友愛 サントリー美術館学芸員の絵巻愛とともに強く伝わってくる。67件の絵巻と資料が出展。
(※会期中展示替えがあります)

  ■展覧会構成

  展覧会は、以下の6つの部分で構成される。
序章 後白河院/第1章 花園院/第2章 後崇光院・後花園院 父子/第3章 三条西実隆/第4章 足利将軍家/終章 松平定信

  ■後白河院(平安時代後期):最高の絵巻マニア。多くの絵巻を制作させ宝蔵に収める。
  会場の最初の方に、国宝《法然上人絵伝 巻十》(紙本著色、48巻のうちの一巻、鎌倉時代 14世紀、京都・知恩院)が展示されている。浄土宗の開祖である法然(1133~1212年)の生涯を描いた鎌倉時代に制作された絵巻だ。眺めてゆくと、法然がじっと絵のモデルをしている印象的な場面に出合う。これは、後白河院(ごしらかわいん)(1127~92年)が法然の講説に感激し、東山の法住寺殿の御所に似絵の名手・藤原隆信(1142~1205年)を呼んで法然の肖像を描かせ、御所内の蓮華王院の宝蔵に収めた、という逸話の描写である。後白河院は、12世紀後半の絵巻の全盛期にその潮流の中心にあった日本の歴史上最高の絵巻愛好家だ。数多くの絵巻を制作させ、そして現在、三十三間堂が本堂にあたる蓮華王院の一角に設けた宝蔵に、絵巻をはじめ和漢の典籍や絵画、楽器など収めて文化集積の場とした。音楽的才能にも恵まれ、当時の歌謡である今様を好み、『梁塵秘抄』を撰したことでも知られる。

  《年中行事絵巻》は、院が制作させて蓮華王院宝蔵に収めた絵巻の代表である。宮廷や公家の儀式や京都の祭礼を描いた60余巻といわれる原本は失われたが、本展には白描模本の《年中行事絵巻 巻十五》(伝田中親美模、紙本墨画 18巻のうちの一巻、明治時代 20世紀写、京都市立芸術大学芸術資料館)が出品され、巧みな関白加茂詣の群像表現を目にすることができる。また重要文化財《病草紙断簡 不眠の女》(紙本著色 一幅、平安時代 12世紀、サントリー美術館)も宝蔵に収められた六道絵巻の一部だった可能性が指摘されている。本作では、「……取り立てて痛む所なけれども、夜になれども、寝いらるることなし。夜もすがら起き居て、「何よりも侘しきことなり」とぞ言ひける」との詞書があり、極細の線で描写された絵が続く。燈明のもとですやすや寝入る三人の女房を前に、起き上がって時間を指で数える辛そうな女房の姿。後白河院が収蔵した「病草紙」「地獄草紙」「餓鬼草紙」などの六道絵巻は、輪廻転生する6種の世界の苦悩を描く。院の六道絵巻の収蔵には宗教的な権威も掌握したいとの意図が込められているといわれる。なお複製が出品されている《伴大納言絵巻》(原本:紙本著色、3巻、平安時代 12世紀、出光美術館)も、後白河院の命で制作された説がほぼ定説とのことである。

  ■花園院(鎌倉時代後期):宝蔵絵に夢中。
  花園院(はなぞのいん)(1297~1348年)は、後白河院から約100年後の天皇で、伏見天皇の第三皇子。《花園院宸記 正和二年春夏記》(花園天皇筆、紙本墨書、37巻のうち一巻、1313年、宮内庁書陵部)は、花園天皇自筆の日記の原本だが、そこには小さい頃から絵画好きであることや、父から送られた蓮華王院宝蔵の絵巻を万事をなげうって見たことなどが記され、相当の絵巻マニアであったことがわかる。花園院の周辺には、鎌倉時代最高の絵師で宮廷絵所預(えどころあずかり)として活躍した高階隆兼がいた。出品される《春日権現験記絵 巻九》(詞 鷹司基忠筆、絵 高階隆兼画、絹本著色、1309年頃、宮内庁三の丸尚蔵館)は、全20巻のうちの一巻。縦40cmを超す大きなサイズ。《春日権現験記絵》は奈良の春日社の創建や霊験を描いた縁起絵で、春日社に奉納された。本作では、我が子を興福寺に入門させた母が後に病に倒れて亡くなるが、春日大明神の託宣により蘇生して救われた話が、詞書と絵で交互に展開する。隆兼による絵は濃彩で緻密に描かれ、その端正な美しさが圧巻だ。建築の優れた三次元的描写、細かく描き分けた人物、そして豊麗な色彩。隆兼は、花園院の近くにいたことで後白河院の宝蔵絵を直接研究する機会を得、やまと絵を集大成したといわれる。隆兼の様式はその後、絵師たちの模範となった。

  ■後崇光院と後花園院(室町時代前期):父子で《玄奘三蔵絵》を借覧。
  国宝《玄奘三蔵絵 巻四・巻八》(紙本著色、12巻のうち二巻、鎌倉時代 14世紀、藤田美術館)は、中国・唐の時代の僧で法相宗の開祖・玄奘(?~664年)がインドに渡った際の物語を描写する。縦約40cmの絵巻画面の見事さは、観る者に高揚感をもたらす。高階隆兼とその一門により、《春日権現験記絵》と同時期に制作された絵巻とみられる。巻四では、鮮やかな青緑山水が曲線で描かれ、風景と玄奘一行の波乱に富んだめくるめくストーリーと重なる。細部も卓抜。室町時代の後崇光院(ごすこういん)(伏見宮貞成親王)(1372~1456年)とその第一皇子の後花園院(ごはなぞのいん)(1419~70年)父子も、絵巻に魅せられた絵巻愛好家であった。この絵巻は当時、興福寺大乗院の所蔵だったが、後崇光院の日記『看聞日記』には、息子の後花園院が本絵巻全12巻を借り出し、それを自分も借覧したことが記されている。二人は全12巻を三、四日という速さで鑑賞したことになるそうだ。観者の気持ちは時代を問わないようである。

  ■三条西実隆(室町時代後期):《桑実寺縁起絵巻》の制作などに深く関与
  三条西実隆(さんじょうにしさねたか)(1455~1537年)は、室町時代後期の公卿で文化人。古典研究を行い、作品を制作した碩学。能筆家としても重用された。絵巻については鑑賞するだけでなく、晩年は絵巻制作に深く関わった。その代表例が、詞を自ら認めた重要文化財《桑実寺縁起絵巻》(詞 後奈良天皇・青蓮院尊鎮・三条西実隆筆、絵 土佐光茂画、紙本著色、2巻、1532年、滋賀・桑實寺)である。近江の国(滋賀県)にある桑実寺と本尊の薬師如来の由来を示す絵巻だ。絵巻の依頼者は第12代室町将軍の足利義晴(1511~50年)だったが、実隆は新たな縁起文を起草し、詞の書き手や絵師の調整などを行った。本絵巻では最初の絵の部分に創建された寺の完成図を描き、その後、寺の由来を天地開闢に遡って展開するという斬新な手法をとる。絵師・土佐光茂の卓越した筆で、濃彩の細密描写や明快で堅固な空間構成を表現。なお、三条西実隆の日記の重要文化財《実隆公記》(出品は、享禄4年3月~8月記、および享禄5年正月~6月記、三条西実隆筆、東京大学史料編纂所)は、先述した『看聞日記』とともに絵巻研究における重要資料とされている。

  本展ではさらに歴代の足利将軍の絵巻との関わりや、江戸時代の老中・松平定信(1758~1829年)の絵巻調査や模写・修復への尽力なども紹介。本展全体で700年にわたる絵巻と愛好家の動向を見る。

  「絵巻」という愛すべき存在。古(いにしえ)の絵巻マニアたちに負けずに!、本展で「お気に入り絵巻」や「好きな場面」を探しながら、楽しんでみたい。


【参考文献】
1)サントリー美術館 編集:『六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝』(展覧会図録)、サントリー美術館 発行、2017年。
2)上野友愛・岡本麻美:『かわいい絵巻』、東京美術、2015年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2017年4月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。
20170430_001
写真1 会場風景。
手前は、重要文化財《病草紙断簡 不眠の女》、
紙本著色 一幅、平安時代 12世紀、サントリー美術館。[全期間展示]
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真2 会場風景。
手前は、《春日権現験記絵 巻九》、詞 鷹司基忠筆、絵 高階隆兼画、
絹本著色 20巻のうちの一巻、1309年頃、宮内庁三の丸尚蔵館。[全期間展示]※場面替あり。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真3 会場風景。
国宝《玄奘三蔵絵 巻四》、紙本著色、12巻のうち一巻、
鎌倉時代 14世紀、藤田美術館。[巻四:展示終了][巻八:展示期間4/26~5/14]
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真4 会場風景。
手前は、重要文化財《桑実寺縁起絵巻》、詞 後奈良天皇・青蓮院尊鎮・三条西実隆筆、
絵 土佐光茂画、紙本著色、巻下、1532年、滋賀・桑實寺。[全期間展示]※場面替あり。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会英語表記
 Celebrating a Decade in Roppongi
 PICTURE SCROLL ENTHUSIASTS
【会期・会場】
2017年3 月29日~5月14日  サントリー美術館
休館日:火曜日。但し5月2日は開館。
電話:03-3479-8600 
[詳細]http://suntory.jp/SMA/


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